トヨタが「マルチパスウェイ」戦略を掲げる真意 技術領域トップを務める中嶋副社長に聞く

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筆者はこの取材で渡英していたが、この場所に新体制で技術領域のトップ(CTO)となる中嶋裕樹副社長とばったり遭遇した。「前日までドイツで打ち合わせをしていたので、足を伸ばしてみました。個人的にも一度来てみたいと思っていましたので」(中嶋氏)。

そのときはそんな世間話程度だったが、翌日強風の気象警報で全イベントがキャンセル(30年の歴史の中で初めて)。「1日暇になってしまった」と考えていると、トヨタ関係者から「中嶋さんから『せっかくなので、ゆっくりお話しでもどうですか?』と連絡きましたが、どうですか?」と。

筆者は新体制になってからのさまざまな発表の裏側を聞きたいと思っていたので、快諾である。

独り占めではなく“標準化”をしたい

ドイツからグッドウッドに駆けつけた中嶋副社長。イベントがキャンセルとなったことで急きょ、単独インタビューとあいなった(筆者撮影)

――トヨタのBEV戦略はBEVファクトリーが「未来の準備」、ZEVファクトリーから移管された各車両カンパニーが「今できること/やること」を担当します。つまり、「切り分けて並行して動かす」がポイントですが、水素戦略に関してはどうでしょうか?

水素ファクトリーを作った理由は、1つの事件がキッカケでした。以前、欧州のあるメーカーから水素タンクのオーダーが来ましたが、失注したのです。話を聞くと、費用に利益を乗せた結果、市場の倍以上の値段を提示したという。「会社のためには利益は必要」「せっかくの技術は安売りできない」など理由はさまざまだが、問題は「他にたくさんオファーをいただいているので、1つ失注しただけ」という考え方だった。

「おい、ちょっと待て!!」と。せっかく「水素がカーボンニュートラルの近道だ」と信念を持っている人たちに、そんな値段を出してしまった。乱暴な言い方だが、本当に水素で打って出たいならば、「これがどんなコラボレーションにつながるか」をシッカリと見抜くべきだった。佐藤社長とこの話をしたら、「そもそも、われわれは事業のセンスがない。ないなら、変えないとね」と。

――そこで水素ファクトリーが生まれ、事業・営業・サービス全てに関して、1人のリーダーが見る水素ファクトリーが生まれた、と?

われわれは水素でデファクトを取りたいと思っている。ただ、勘違いしてほしくないのは、われわれはビジネスを全部独り占めしたいのではなく、展開する時に“標準化”が必要だということです。

――中嶋さんは、以前から水素には明確な基準が存在しないと指摘しています。

欧州にはダイムラートラック、ボルボ、トレイトン(VWグループ)といったトラックメーカーに加えて関連するサプライヤーがあるが、水素に対して前向きだ。われわれはスタックの中のセルを作ることにすごく自信があるし、タンクも生産技術ではアドバンテージがあると思っていますが、残念ながら基準づくりはわれわれだけではできません。

そこで大手OEM(完成車メーカー)、大手サプライヤーと一緒に仕事をすることで基準ができ、その結果「量が増える」「安くなる」。ただ、いつまでも協調だけではダメなので、セル技術やタンク技術にアドバンテージを持たせるために、濱村(芳彦・プロジェクトリーダー)の所は余分なことを考えずに、真剣に技術を追い求めてもらう、水素ファクトリーでは、そのような役割分担を行うつもりだ。

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