認知症予防で注目「難聴対策」日本で進まない理由 世界では進む研究、治療薬の臨床試験で光明も

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同様の企業はほかにも存在する。このなかには、画期的な治療薬や治療機器の開発に成功する企業も出てくるだろう。やがて、世界の難聴対策は一変するはずだ。このあたり、日本とはずいぶん違う。

では、なぜ、筆者が難聴に関心を抱いたのだろうか。それは筆者自身が、若干、聴力が低いからだ。

そのことに初めて気づいたのは、30代の半ばだった。職場の健診で、両側の高音域の聴力が低下していることを指摘された。最近は、日常会話でも相手の発言を聞き直すことが増えた。周囲からは「声が大きい」と指摘されるようにもなった。ゆっくりと難聴が進んでいるのだろう。

聴力の低下は老化現象の1つだ。一般的に40代くらいから高音域を中心に顕在化し始め、その後、加齢とともに進行する。やがて低音域も冒されるようになる。

ただ、筆者の難聴は単に老化のせいだとは考えにくい。聴力が低下するには、30代半ばという年齢は、あまりに早すぎるからだ。

聴力低下に剣道が関係する?

筆者には、自らの聴力低下について心当たりがあった。それは、私が幼少時から大学まで剣道を続けていたことだ。難聴は、剣道家にとって大きな悩みだ。竹刀により、繰り返し頭部を叩かれることで、内耳が傷つくためと考えられている。

難聴は、剣道をやっている若い人たちでも生じることがあるといわれる。その実態は十分に研究されてはいないが、2012年に宮崎大学の医師が発表した研究によれば、1992年から2010年の間に剣道部に所属した228人の高校生に聴力検査を行ったところ、45人(19.7%)で聴力低下を認めたという。これは、医師としてにわかには信じられない数字だ。

近年、イヤホンやヘッドホンの長時間の使用による聴力低下に注目が集まり、若年者を対象に、さまざまな調査が実施されているが、聴力低下の頻度は、高くても5%程度だ。今回の結果は、あまりにも頻度が高い。追試の結果が報告されることを待っている。

繰り返すが、筆者の聴力低下は、幼少期からの剣道の稽古が影響した可能性が高い。通常の加齢性の難聴とは異なり、その経験を一般化することは慎重であるべきだ。

ただ、難聴と認知症の関係に強い関心を抱くのは、筆者だけではないだろう。

両者の関連についてはまだ研究が始まったばかりで、難聴自体が、周囲とのコミュニケーションの阻害因子となって、認知症を悪化させる危険因子なのか、あるいは、難聴は脳にアミロイド斑などが沈着することによって生じる認知症の1つの症状にすぎないのか、今の時点では区別できない。もちろん、両方の側面もあるだろう。今後の研究成果を待ちたいところだ。

いずれにせよ、われわれはもっと難聴に注目したほうがよさそうだ。やり方次第で、認知症のリスクを減らすことができるのだから。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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