認知症予防で注目「難聴対策」日本で進まない理由 世界では進む研究、治療薬の臨床試験で光明も

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この研究は、後ろ向きの分析(ある事象をもとに過去を振り返って観察する研究)であり、結果についてはさまざまな解釈があろう。確定的なことを言うには、追試が必要だ。

ただ、薬を使うことなく、補聴器の使用で認知症のリスクを低減できるのは結構なことだ。だからこそ、権威ある『ランセット』編集部が大きく取り扱ったのだが、残念なことに、日本ではほとんど報道されなかった。

難聴対策は、高齢者の生活の質(QOL)向上に加え、認知症患者を減らす可能性もある。世界の医学界は各国政府に対策の強化を訴える。

前出の『ニューイングランド医学誌』の社説は、「認知症を減らすために、もっとも容易に介入できる危険因子は難聴対策だが、補聴器の使用は、先進国でさえ満足できるレベルではない」と論じている。

補聴器が普及しない日本

では、日本の対応はどうだろうか。実は、日本は難聴対策後進国だ。社会福祉法人京都聴覚言語障害者福祉協会の調査によれば、日本の難聴患者のうち、補聴器を使用しているのは、わずかに13.5%にすぎない。難聴患者の大部分が放置されていることになる。イギリス(42.4%)、ドイツ(34.9%)、アメリカ(30.2%)など、欧米先進国にははるかに及ばない。

なぜ、補聴器が普及しないのか。補聴器技能者が少ないこと、補聴器のイメージが良くないこと、世界の補聴器市場は欧米の5社の寡占状態であり、日本人に合わせた商品が開発されていないことなど、さまざまな理由が議論されている。

いずれも重要な問題だ。ただ、最大の問題は国民の無関心ではなかろうか。必要は発明の母と言われるが、国民に関心がなければ、医療機器メーカーや製薬企業が、補聴器や治療薬を開発するインセンティブは薄れる。

この辺り、世界は対照的だ。人工内耳(耳に埋め込む装置と体外に設置する装置で聴覚を回復させる)に代表される難聴治療が日進月歩だ。ベンチャー企業が参入し、さまざまな治療機器や医薬品を開発している。

7月5日、フランスのセンソリオン社が発表した難聴治療薬アラザセトロンの第二相臨床試験の結果が興味深い。

彼らは、人工内耳移植手術を受ける難聴患者5人に、術前にアラザセトロンを点滴で投与したところ、5人の聴力低下は12デシベルで済んだが、投与せずに人工内耳手術を受けた患者では33デシベルも低下したという。

内耳とは、中耳の奥の頭蓋骨の中にある器官で、蝸牛(かぎゅう)、前庭、三半規管から構成される。聴覚と平衡感覚をつかさどるが、聴覚については、ここで音の振動を神経内に伝達する電気シグナルに変換する。内耳は、加齢以外にも薬物や感染症など、さまざまなストレスが原因で障害されやすい。

アラザセトロンは、内耳組織を障害から守る可能性が示唆されている低分子化合物だ。センソリオン社は、さまざまな患者を対象に臨床試験を進めている。昨年1月には、突発性難聴を対象とした第二相臨床試験の結果を発表したが、この試験ではプラセボと有意な差はつかず、効果は証明されなかった。

前述の人工内耳移植手術を対象とした臨床研究の進展は、このような失敗にめげることなく、積極的に臨床開発を進めた結果だ。同社は、突発性難聴以外にも、抗がん剤による聴力低下の予防を目的とした臨床試験なども推進している。

これが、世界の難聴対策の現状だ。

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