師匠・杉本昌隆が綴る「藤井聡太と過ごした時間」 "天才"を弟子に持つ「師匠の苦悩」と独特の関係
さて、私たち棋士にとって誕生日とはほろ苦く、ときに辛い記憶が蘇るものだ。それは修業時代、頭にのし掛かっていた「年齢制限」を思い出すからである。
原則、21歳の誕生日までに初段、26歳までに四段にならないと奨励会退会となるこの制度。誕生日とは死刑宣告の日が少しずつ近づくも同じなのだ。
(この状態が何年も続いたら自分は退会なんだな)
棋士にさえなれば呪縛から逃れられる。これをどれだけ夢見たことか。私の棋士デビューは21歳で、年齢制限の本当の恐怖は分からない。それでも毎年の誕生日は憂鬱だった。
一般的に棋士の多くは年齢制限とは無縁に奨励会を駆け抜ける。しかし、兄弟弟子や仲間がそれに阻まれて退会するのを見ると、誕生日に複雑な感情を抱かずにはおられないのだ。
棋士になってしまえば誕生日など怖くない。この日に対局をすることもあるが、気持ちは昔と全く違う。
(よし、誕生日に勝って良い一年にするぞ)
この解放感はあの時期があったからこそ。修業中の弟子たちには「将来、必ず誕生日を喜べるはず」と励ましたい。
最高の誕生日となった
今年の私の誕生日、奇しくも藤井聡太三冠が竜王獲得と四冠まで後1勝に迫っており、それが決定する可能性のある日でもあった。
師匠の誕生日に弟子が偉業達成。良い話ではないか。数日前から私はそのシチュエーションを想像し、ついにそれは現実となった。
その日、私は現地の控え室にいたが、藤井竜王はそれを知らない。彼は記者会見でなんて言うのだろう。私は頰を緩めながらも妄想を膨らませる。
(師匠の誕生日なので気合いが入りました)
こんなこと言ってくれたりして。埋もれ木に花が咲く、とは真にこのこと。いやいや、気を遣わなくても良いのだよ藤井君。いやあほんと、参ったなあ……。
関係者と談笑しつつテレビモニターを眺める私。それを告げられ、しばらく考え込む藤井竜王。さあ、最高の場面が来た!
「師匠の誕生日は全く知りませんでした」
……一落千丈の師匠とは私のこと。いや、知らなくても不思議はないが、〝全く〟まで付け加えなくても良いのではないかな……。
しかし続けて彼は言う。
「師匠にはお世話になりっぱなしなのでプレゼントができたのかなと思います」
エッセーのネタ提供と師匠へのリスペクト。私も下がったり上がったり忙しいが、とにかく素晴らしい自慢の弟子である。
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