映画「怪物」を傑作たらしめたもう1つの理由 坂元裕二による「分散性」「謎解き性」「時代性」

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事実私は、1回目の鑑賞後、猛烈にSNS検索をして、自分が抱えた謎の解釈について「なるほど!」「えー?」「嘘ー!」などと思ったりしながら、なかなかに楽しいときを過ごした。

このような「謎解き性」、つまり「適度なモヤモヤ感の提供」は、鑑賞者による、主にSNSでの話題拡散を自走させる意味で、昨今非常に有効だ。そして、何かと説明過多になっているエンターテインメント界の中、鑑賞中の即時検索ができないという映画の「弱み」を「強み」として転換する要素にもなり得る。

最後は、やや本質=ストーリーに関連するが、「時代性」である。地方の小学校を舞台とした、一見、時代や社会とは距離を置いた、リアルな現代から隔絶された設定のように見せながら、学校という「小社会」の中で、イジメや毒親、モンスターペアレント、忖度、事なかれ主義……など、令和日本が抱えるヘヴィーなあれこれが、これでもかこれでもかと詰め込まれている。

そして「時代性」の視点では、何といっても今回、カンヌ国際映画祭でクィア・パルム賞を受賞したことがポイントとなる。この賞は、LGBTQやクィアといった、性的マイノリティや既存の性のカテゴリに当てはまらない人々を扱った映画に与えられる独立賞であり、つまりは極めて「時代性」の高いアウォードである。

坂元裕二ならではの力量が反映

余談だが、2回目の鑑賞でやっと合点がいったのが、クィア・パルム賞に関連する要素だった。特に、いくつかのセリフが、この要素に一気に帰結していることがわかったのは、ちょっとした快感だった。

どこか遠くにある地方の小学校の小さな事件が、観客自らの生きる令和日本のヘヴィーなあれこれと直結して、自分事として迫ってくる映画――。

以上、『怪物』を「傑作たらしめたもう1つの理由」として、「分散性」「謎解き性」「時代性」という仕組み/仕掛けが埋め込まれていることを挙げてみた。そしてこれらには、テレビドラマ界で鍛え抜かれてきた坂元裕二ならではの力量が十分に反映されていると考えるのだ。

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