と、あえて周辺要素を見てきたが、アイデアの宮藤官九郎、プロットの野木亜紀子に対して、坂元裕二は何といってもセリフの人だと思う。「カルテット」における「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」という劇的な言葉の力は、今回の『怪物』で遺憾なく発揮されている。
怪物ならぬ怪演を見せる田中裕子が、エンディング近くで放つあるセリフは、ここまで書いてきた、ヘヴィーな要素すべてを、体重をかけて、エイッとうっちゃるものだった。そして私は「あっ、救われた」というカタルシスを感じた。
音楽を担当した坂本龍一の言葉
さて最後に、この映画と関連する、坂元裕二に続く2人目のサカモトについて、書いておく。音楽を担当して、この3月に亡くなった坂本龍一だ。
パンフレットで坂本龍一は、赤裸々に書いている(ネット記事でも
そして、続く言葉は、この映画の本質を突く――「怪物と言われると誰が怪物なんだと探し回ってしまうんだが、それはうまくいかない。誰が怪物かというのはとても難しい問いで、その難しい問いをこの映画は投げかけている。さて、その難解なテーマの映画にどんな音楽をつければいいのだろう。救いは子供たちの生の気持ち。それに導かれて指がピアノの上を動いた。正解はない」。
まさに、映画の中で繰り返される「怪物だーれだ」に正解はない。そしてまさに「救いは子供たちの生の気持ち」だと思った。そしてこの救いこそが、本作を傑作たらしめた第1の理由である。
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