家康が溺愛「松平信康」21歳で迎えた壮絶な最期 徳川軍と武田軍との戦いが続く中で起きた悲劇

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武田家を滅亡させるべく活躍していた信康だが、その目的を遂げる前に命を落とす。それも戦場ではなく、同盟者による信長の命令によって「武田と通じていた」という理由で21歳で切腹させられたというから、ただごとではない。

「信康切腹事件」とも呼ばれる、この衝撃的な出来事の真相については、さまざまな説が唱えられている。「信康と家康との対立があった」とする見方もその一つだ。

この場合は、命令の主体は信長ではなく、家康だったことになる。そのほかにも「信長に謀反を疑われて、家康が先手を打って自害を命じた」というような、命じたのは家康だが、背景には信長の意向があったという説もあり、複雑に入り組んでいる。

信康に切腹を命じたのは誰なのか

信康に切腹を命じたのは、信長か家康か――。信康が切腹する半月前、家康の正妻で、信康の母でもある築山殿が輿の中で自害していることから、二人によるクーデター計画があったとも囁かれている。

また別の視点からは、信長が自分の嫡男である信忠と対立しかねない信康に脅威を感じ、あらかじめ排除するべく動いた……という説もある。信康の勇猛ぶりを思えば、これもあり得ない話ではない。

真相はわからないが、それから21年後の関ヶ原の戦いにおいて、こんな逸話が『徳川実紀』に綴られている。前軍を息子の秀忠に任せながらも、自身は後軍として出陣しなければならない状況に、家康はこんな独り言をこぼしたという。

「年老いて骨の折れることよ。倅がいたならば、これほど苦労はしておるまい」

「倅」とは、信康のことにほかならない。後で振り返ってみると、勇猛な信康を失ったのは、家康にとって痛恨の極みだったようだ。関ヶ原の戦いが勃発したのは、慶長5年9月15日。それは奇しくも信康の命日であった。


【参考文献】
大久保彦左衛門、小林賢章訳『現代語訳 三河物語』(ちくま学芸文庫)
大石学、小宮山敏和、野口朋隆、佐藤宏之編『家康公伝〈1〉~〈5〉現代語訳徳川実紀』(吉川弘文館)
宇野鎭夫訳『松平氏由緒書 : 松平太郎左衛門家口伝』(松平親氏公顕彰会)
平野明夫『三河 松平一族』(新人物往来社)
所理喜夫『徳川将軍権力の構造』(吉川弘文館)
本多隆成『定本 徳川家康』(吉川弘文館)
笠谷和比古『徳川家康 われ一人腹を切て、万民を助くべし』 (ミネルヴァ書房)
平山優『新説 家康と三方原合戦』 (NHK出版新書)
河合敦『徳川家康と9つの危機』 (PHP新書)
二木謙一『徳川家康』(ちくま新書)
日本史史料研究会監修、平野明夫編『家康研究の最前線』(歴史新書y)
菊地浩之『徳川家臣団の謎』(角川選書)
佐藤正英『甲陽軍鑑』(ちくま学芸文庫)
平山優『武田氏滅亡』(角川選書)
笹本正治『武田信玄 伝説的英雄像からの脱却』(中公新書)
太田牛一、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
黒田基樹『家康の正妻 築山殿』 (平凡社)

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は 『偉人メシ伝』 『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』 『日本史の13人の怖いお母さん』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』(実務教育出版)。「東洋経済オンラインアワード2021」でニューウェーブ賞を受賞。

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