「自分は客観的」自負する人に教えたい残念な真実 体感して理解!脳は現実を誤って解釈する
誰かが差別的なことを言って、誰もそれを注意しなかったら、明らかに不適切な発言も許容されたように見えてしまう。重要な社会課題を話し合っているときであれば、正直さと本音を出ししぶることは深刻なマクロレベルの問題を招きかねない。
各調査により、人は生活のあらゆる場面で真実を隠すことがわかっている。遠慮して口を閉ざすことはなごやかなパーティを守る役に立つが、より広いレベルでは、自分たち以外の考えに触れる機会がなくなり、社会の分極化が進むことになる。本音で指摘しない人が一定数を超えた行動は、もはや止めるもののない普通のこととして再生されるにいたる。
成功の定義に関するシンクタンクの調査結果では、回答者が思う一般的意見と実際の一般的意見に大きな隔たりがあるという集合的幻想が浮き彫りになった。回答者の97パーセントは「自分の興味と才能に沿って行動し、好きなことを最大限追究する」ことを成功の定義とした。一方で、世間一般では富と名声を得ることが成功と考えられているという回答も、ほぼ同数の92パーセントにのぼった。
自分の中での成功と、みんなの中での成功はまったく違うと考えているということだ。実際にはほとんどの人にとって、教育や人間関係、人格で測られる「よき人生」が大切で、ステータスは重要度が最も低い。一般的には、他者から愛され大切にされ、快適な暮らしを営み、よき親になり、やりがいある仕事をし、健康を保ち、コミュニティに貢献することを誰もが望んでいるのだ。
しかし、そのメッセージは子どもたちに届いていない。例えば、名声はあまり重要視しないと明言する大人が周囲にいない子どもは、どのようなメッセージを受け取るだろうか?
インターネットの登場で変わった価値観
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の心理学者チームによる、テレビ番組が伝播させた価値観についての研究がその答えを示している。
アメリカでは、1960~1970年代のホームドラマの多くがコミュニティをテーマにしていた。1997年まではコミュニティ意識が、テレビ番組を通じて伝播する価値の第1位を占めていた。そこに大きな変化が起きる。
それはインターネットの登場だ。史上初のフルデジタル世代が吸収していた価値観は従来と異なり、名声が第一で、達成感や知名度、イメージ、財産がそれに続いた。
2000年代にはユーチューブやフェイスブック、ツイッターが爆発的人気を集め、人々の自己意識(自撮りなど)をかき立てて自己陶酔への新しい道を拓いた。アメリカの子どもの多くは名声という幻影を追い求め、幻想のような世界で自分をよく見せることが成功だと考えている。
この夢物語がさかんに売り込まれるのは、広告を出す側も幻想にとらわれているからだ。消費者は名声を求めていると企業は考えている。それは「みんな」が名声を求めていると誰しも考えているからであり、要するに企業は消費者の想像上の望みを叶えていることになる。こうして、子どもたちの教育と社会の未来が集合的幻想に絡め取られているのだ。
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