サハリンと日本、その「連なり」を感じる旅 奈良美智氏と石川直樹氏が見た「北方」

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見張り役はお昼寝中

奈良美智「トナカイ飼い」 photo:Yoshitomo Nara (C)Yoshitomo Nara

トナカイはこんなふうに放牧される。見張り役は昼寝中のようだ。空が広い。

2人の意向で、会場の写真には、どちらが撮ったのか示されていない。
「どれが奈良さんで、どれが石川さんの写真なの?と、よくきかれますけど、そういう見方ではなくて、2人の視点の中に自分も入っているような見方で、全体を見てくれたらいいなと僕たちは思っています」(奈良さん)

2人の目を通して、北方の人々の暮らしや、あまり知られていないサハリンと日本の歴史が見えてくる。

王子製紙の工場跡に放牧

サハリンには日本統治時代の遺物があちこちに残されている。住宅、役所、鳥居、線路など、廃墟になっているものもあれば、使われているものもある。これはポロナイスクにある王子製紙の工場跡だ。牛が草を食み、崩れた建物の中では子供たちが遊んでいた。

石川直樹「サハリン島」2014 photo:Naoki Ishikawa (C)Naoki Ishikawa

 

「戦争のときは日本領だった南サハリンでも地上戦が行われて、たくさんの人が亡くなりました。僕が知っている話では、日本が降伏してから逃げた人は、ソ連の人が住めないように、自分の家に火をつけてから逃げろと言われたそうです。この廃墟は王子製紙の工場の跡で、ソ連に使われないように、機械を破壊して逃げた。戦争でボロボロになったんじゃなくて、そこで働いていた人が自ら壊し、住んでいた人が自分の家に火をつけた。それがすごく悲しかったという話が、本などを探すと見つかると思います」(奈良さん)

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