邸宅美術館で「門外不出の名画」を楽しもう 一押しはフィラデルフィアのバーンズ財団

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朽木ゆり子(くちき ゆりこ)●東京都生まれ。国際基督教大学大学院行政学修士課程修了。米コロンビア大学大学院博士課程にて学ぶ。日本版『エスクァイア』副編集長を務めた後、1994年ニューヨーク移住。著書に『盗まれたフェルメール』『フェルメール全点踏破の旅』『東洋の至宝を世界に売った美術商 ハウス・オブ・ヤマナカ』など。(撮影:尾形 文繁)
個人の邸宅を美術館として公開した「邸宅美術館」。その意義と楽しみ方について、朽木ゆり子さんに聞いた。

──副題に「アートコレクターの息づかいを感じる至福の空間」とあります。

いくつもの大美術館に行っている方でも、目次にある15館には知らないところも多いのではないか。この本をこれから海外へ旅する美術好きな方に手に取っていただくと、デスティネーション(行き先)の選択肢が確実に増えると思う。

たとえば米フリック・コレクションには17世紀オランダの画家フェルメールの絵が3枚あって、それを見たいと思ったらニューヨークに行くしかない。16世紀ベルギーの画家ピーテル・ブリューゲルの「悪女フリート」にしてみても、ベルギーのアントワープにあるマイヤー・ヴァン・デン・ベルグ美術館に行くしかない。わざわざその作品を見るためだけでも行く価値はある。

──門外不出が多いのですね。

邸宅美術館の大部分は貸し出し禁止。常設展示で、絶対貸すなとコレクターに遺言されているところがほとんどだ。邸宅美術館の楽しみは、作品とともに建築や家具、あるいは小物がトータルに楽しめることだ。邸宅全体の雰囲気が作品にも格別な味わいを醸し出す。

たとえば、学生時代に初めて訪れたフリック・コレクションを例に取ればこういうことになる。住まう人の玄関から入り、階段ホールがあり、居間があって、寝室がある。つまり、人間の住まいとしての痕跡がある。もちろん家と呼ぶには分不相応に豪華だが、私は五番街が見える居間(リビングホール)が気に入って、ソファに座ってホルバインの絵(「トマス・モアの肖像」)を見ながらお茶する自分の姿を想像した。今から1世紀前に、フリック夫妻がそこでどのように暮らしていたのかはわからないが、彼らが自分の趣味に合った美術品を購入し、自分の好きなように自宅を飾っていたことは間違いなく、大いに想像をかき立てられた。

──選ばれた15館からさらにベストスリーを選ぶとすれば。

15館は欧州と米国の邸宅美術館から、特徴のあるコレクション、物語のあるコレクター、美しいセッティングの3点に注目して選んだ。一押しは何といっても米国フィラデルフィアにあるバーンズ財団だろう。絵画収集の概念を変えた本当にすばらしい美術館だ。何回行っても圧倒されてしまう。印象派、ポスト印象派を中心としたフランス近代絵画では世界最大のプライベートコレクションを持つ。ルノアール181点、セザンヌ69点、マティス59点……。その数だけでも驚愕するが、内容も他を圧倒する。この本で市場価格評価は最低でも250億ドルに迫ると書いたが、これは確かニューヨーク・タイムズに載った数字の引用だ。

これらを収集したコレクターのアルバート・C・バーンズは本当によく勉強していた。自らのコレクションはこうあるべきだという目標を立てて集めて、絵同士の関係性を証明する展示方法を考えている。コレクター魂がすばらしい。自分が死んでからも展示を動かすなと遺言。自分の見方で、ほかの人にも所蔵画を見てほしいという徹底ぶりだ。

──その“対抗馬”となると。

次は欧州からでフランスのシャンティイ城コンデ美術館を推したい。パリの北約45キロメートルにある美しい美術館。ここもあっけにとられてしまうクチだ。コレクターのオーマル公アンリ・ドルレアンはフランス最後の国王ルイ・フィリップの息子であり、ケタ外れのコレクション。王家コレクションと言ってしまえばそれまでだが、23年間の亡命生活で美術品収集家に転身。その成果をサロン風ながらぎっしりと展示し、19世紀末に再建した城とともに残したというのはすごいことだ。

──では、“大穴”は。

イタリア・ミラノの北約50キロメートルのヴァレーゼにあるヴィラ&パンザ・コレクションを選びたい。

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