「よう来てくれた。食事、まだやろ。待ってたんや」。
話をしていても、体調が戻ったことがはっきりとわかるほどの上機嫌。あれやこれやと話していると「そや、きみ……」と話し出した。
夫人に「奇跡」が起きた
「あんなあ3、4日前“奇跡”が起こったんや。“奇跡”が……。家内がな3、4日前にわしのところへ来たんや。家内とはな、一緒になって70年や。ほんま、よう続いたと思うわ。けど、その間“一度”もと言っていいほど芝居も観に行かんし小説も読まんし歴史も読まん。芝居も小説も『あんなものは、つくりもんや』と言って、観に行かんし読みもせんのや。歴史も、あれはあとの人がどうでも都合のように変えてしまうから、つまらんということで読まんかった。
昔、わしの健康と会社の発展を祈ってくれていた加藤大観さん、そうや昭和11、12年頃やな。あのお坊さんも『松下さんの奥さんは、勧めても読まん、あんたあきらめなさい』そう言っておった。それがな、わしのところへ来てわしは知らんかったけど帰るときにわしが聴いている歴史もんのテープな、君が持ってきてくれた幕末のなんとかというテープ、高杉晋作とか坂本龍馬とかそれを、奥さんが持って帰ったんや。
あんな歴史なんか嫌いやと言っとったのが持って帰った。奇跡やまさしく。それで、さっきも来たんやけどな面白かったと言ってたな。残りも貸してくれと言うてな、持って帰ったわ。歴史は人間の心というか人情というか、そういうものが表されておるんや。歴史を読むということは、そういうことを学ぶということになるわけや。
だから、家内が歴史を読んで面白いと気がついたのは、そういうことを学ぶということやな。ええことやな。けど、気がつくのが50年早かったらなおよかったんやけどなあ」
ふたりで笑い続けた夜であったが、改めて私は歴史を評価している松下を確認していた。
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