「柔道教室の教え子です。結婚7年目のある日、家に帰ったら離婚届と長文の手紙が置いてありました。『あなたは仕事と勉強ばかりで私のことを見ていない』という趣旨の内容です。司法書士の資格試験のために、夫婦の時間はすべて犠牲にして3年間勉強していたので……。旅行もせず、映画に一緒に行くことすらありませんでした」
仕事に熱中しすぎる夫に妻は…
仕事に熱中してしまう癖は独立開業した現在も直っていない。「男は家族のために一生懸命働き、妻子のために財産を作るべし」という昭和的価値観が色濃いと自覚はしているものの、他人からの相談事にはすぐに全力で対応してあげたくなる。評判が評判を呼び、ますます忙しくなる。公私の境などはない。
「夫が仕事好きで頑張ってくれるのは有難いことですが、夫婦としての時間をもう少し持ちたいなとは思います」
奈津美さんがそれぞれの両親の反対を無視して公務員を辞めたのは自らの判断だ。県内での職場異動があり、自宅からの通勤に2時間以上かかるようになってしまった。すでに開業していた健一さんは地元から離れられないため、あのまま公務員を続けていたら夫婦生活はよりバラバラになっていたと振り返る。
「今は仕事で常に一緒です。目標を共有できるのはいいですね。この事務所を子どものように一緒に育てている感じもあります。でも、同じ職種なので張り合ってしまうことも少なくありません。仕事のパートナーではなく夫婦としてラブラブな時間がもっと欲しいです」
2次元から3次元に戻って来て、求めるものが明確で具体的な奈津美さん。組織の歯車に過ぎなかった自分に対して、明らかに自営業向きの健一さんへの尊敬と恋心を持ち続けているようだ。
一方の健一さんは「ひとかどの者」にならなくてはいけないという意識が抜けない。大企業の元社員であり、現在も子会社の役員を務めているという父親の影響が強いようだ。
「田舎から高卒で出てきて叩き上げた人です。以前は、長男である私に『お前のトシでまだそれぐらいの給料しかもらっていないのか』と言うことがありました。父方の祖父には9人の孫がいて、子どもがいないのは私だけです。今まで好き勝手なことをしてきたからこそ、頑張って働いて、失った時間を取り返そうと思っています」
2人で不妊治療を何度か試みたが断念。現在は、養子をもらうべく、乳児院での夫婦研修を受けているという。子どもが可愛くて仕方ないと無邪気に笑う健一さんの表情に陰りはない。
気をつけるべきポイントがあるとすれば、父親からの評価などよりも奈津美さんの気持ちに配慮することぐらいだろうか。健一さんは今まで自由に生きてきて、公私のパートナーもできて、好きな仕事に打ち込んで周囲に喜ばれ、十分に生計を立てられている。それでいいじゃないか。今さら旧世代の基準での「ひとかど」を目指し、無理に実現しようとすると再び家庭を壊しかねない。
いま手元にある生活という基盤があるからこそ、仕事に精を出すことができる。そのことを忘れなければ、かけがえのないパートナーへの感謝も絶えず湧いてくる気がする。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら