もはやモーツァルトのような神童エピソードひしめく鴎外。父親の期待どおり、鴎外は本科にも合格し、そして医者になる。そして彼は軍医になるべく、ドイツ留学することになるのだった。
――ここまで聞くと、神童エリート街道を突っ走っているようにしか見えない。この人生のどこに小説家になる余地があるんだよ、とツッコミを入れたくてしょうがない。小説なんて、当時はまだ一部の人間が楽しむものだったからだ。
ちなみに鴎外は和歌や寄席や自然観察も好きだったらしい。が、東大医学部で漢詩を書いていたら「やる気あんのか、医学の勉強しろ」と先生に怒られたエピソードも残っているため、やはりそれらの趣味は歓迎されるものではなかったのだろう。
ドイツから帰国後すぐに書いたのが「舞姫」
しかしドイツ留学を終えた鴎外は周囲の期待に反して、小説を書く。ドイツ帰国後早々に書いたのが、なんと、あの『舞姫』であった。
『舞姫』のあらすじといえば、ドイツに留学していたエリート・太田豊太郎が、ドイツで恋愛して女性を妊娠させて帰ってきました……と回想するというもの。さすがに豊太郎は、どう考えても、鴎外と重ねるなというほうが無理な設定。いうまでもなく鴎外そのものである。
豊太郎は恋人・エリスとはじめて出会ったときのことを、このように回想する。
年齢は16か17歳くらい……というだけでも現代の倫理観で見ると顔が真っ青になってくるのだが、なによりも「面、余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず」ってつまりは「エリスの顔がよすぎて俺の語彙力じゃ表現しきれない」ということである。
現代のオタクのような言い回しをする豊太郎。それでいて「青く清ら」「愁ひを含める目」「露を宿せる長き睫毛」など、目の美しさはやたら細かく描写している。このあたりからも、豊太郎がエリスのことをよほど「美人!!」と驚いたであろう心情が伝わってくる。
そう、『舞姫』は文体こそやや読みづらく難しいかもしれないが、実際のところは、エリート男性がはじめて欧米の女性に出会い、本当に美人すぎて手を出してしまった……と告白する内容にすぎない。そしてそれを明らかに作者の告白だろうとわかるような形で、国費でドイツに行ってきた留学直後のエリート学生が書くにしてはさすがに衝撃が大きい。
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