現役の消費者「高齢者」に気づかない日本のズレ感 五木寛之×和田秀樹(対談・後編)
和田:聴力はもちろん大事なんですが、もう一つ大事なことがアウトプットです。年を取れば取るほど、インプットよりアウトプットのほうが脳を保つためにいいんですね。日本人にありがちなパターンとして、「本さえ読んどけば賢くなれる」とか「数独やっていれば、脳の若さが保てる」とか、インプット依存なところがあります。
そうじゃなくて、読んだ本をかみ砕いて人と話すとか、前編で五木さんが話してくれたように、実際に体を使って試してみることが極めて大事なんです。
五木:それを「面白がってやる」ことです。好奇心を自分の体に向ける。自分のこの小さな体一つだって、無限の謎や不思議がありますから。たとえば、夜、寝ているときに、乾燥で鼻や口が渇くことがあるけど、それはどうすれば止めることができるかとかね(笑)。人間の体ほど面白いものはありません。
和田:面白がれる人にとっては、年を取ることは楽しいことなんですよね。年を取ると時間も余裕もできるわけですから。
五木:そうですよ。多少変なことしても、周りから大目に見てもらえるし。年を取るっていうのは、単に年を重ねるだけではなく、自由で面白いゾーンに入ってくと思わなきゃいけない。
よりよいボケ方の探求
五木:もちろん僕だって、これから少しずつ自然にボケていくはず。でも、ボケるのは人間の宿命だとも思うんです。だとすれば、よりよいボケ方、羨ましいボケ方ということが、これからの私のテーマなんじゃないでしょうか。
和田:年を取って認知症になっても、ニコニコする人やお茶目な人っていますよね。たぶん、人生を楽しむ能力がある人のほうが、そうなりやすい気がします。やっぱりずっとしかめっ面で生きていると、それが板に付いてしまいますから。
五木:大げさな話をすれば、日本の資本主義社会も少しずつ良くボケていかなきゃいけないと思っているんです。個人のレベルでも、どういうふうにボケていくかを真剣に考えて、人に愛される、そして自分も気持ちがいいというボケ方を探求する。同時に、日本は世界有数の高齢化社会なんだから、それに見合ったボケ方を考えていかなくちゃいけない。
和田:世界でいちばん高齢化が進んでいるということは、世界中のお手本になるか、反面教師になるか、どちらかなんですよ。上手くすれば世界中のお手本になれるし、今みたいにコロナ自粛でお年寄りを家に閉じ込め続けたら、悲惨な国として反面教師になると思ってます。