70代で2000万円投じ家を建てた彼女の快活人生 人生の最後「迷惑かけたくない」に抗うわがまま
「そうだね、お父さんはあっという間だったからね」
こう言って、彼女は寂しそうな笑みを浮かべていたが、少なくとも、自らの老後の設計はパーフェクトだったと思う。
彼女は、その簡素だが、高齢者でも暮らしやすい家で、夫の死後5年ほどを過ごすのだ。
「バカげているけど、これでいい」
彼女の望みとしては、最期の瞬間も自慢のマイホームで迎えることだったのだが87歳のとき、トイレで動けなくなってしまい、さすがに観念せざるをえなくなる。
息子に相談を受けて、私は自分のグループが経営する施設への入所を提案した。
「施設のなかには、経口での食事が困難な高齢者の入居を拒んだり、入所できたとしても、いよいよ危ないとなると提携先の病院に送ってしまうようなところもあるが、うちは決して、そんなことはしない。ただ、入所費用が月々二十数万円かかる。向こう何年間もその金額を捻出することを想定すると頭が痛いと思うが、正直、お母さんは1カ月は持ちこたえられないと思う」
私の説明を受けて、しばらく考え込んでいた息子だったが、最後は「お願いします」と私の手を握りしめた。
こうして、スミちゃんは自慢のマイホームを後にして、施設に入所した。そして、それから2週間で、静かに息を引き取ったのだ。
施設入所後、スミちゃんのもとを訪ねてきた息子に、私は聞いたことがある。お母さんが家を建てることを、なぜ反対しなかったのか、と。すると、彼は平然と、こう言ったのだ。
「たしかに、そこから先、何年暮らせるかわからない家を、わざわざ貯金を使い切って建てるなんて馬鹿げてるとは思いましたよ。でも、母の昔からの夢でしたから、反対はしませんでした。家ができて、とっても嬉しそうにしていた母の顔を見て、これでよかったんだと思ったんです」
高齢の患者たちはよく「どうせ死ぬんだから」と口にする。老い先短い彼や彼女らにとって、その言葉は、私たちが想像するのとはまるで違うレベルの、リアリティを持っている。
スミちゃんはそのリアリティをもって、わがままを完遂し、夢を叶えたのかもしれない。そして、そこには、母のわがままを許容する、心優しい息子の存在も欠かせなかったはずだ。
預金残高も生のエネルギーも使い果たして、スミちゃんは無事に旅立った。
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