70代で2000万円投じ家を建てた彼女の快活人生 人生の最後「迷惑かけたくない」に抗うわがまま

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息子が成人し独立してしばらくすると、スミちゃんと夫は茨城県に転居。そして、彼女は70代になって初めて、自分の家を持つ決心をするのだ。

土地は借地だったようだが、「上物だけ、建築費だけでも2000万円をかけた」と彼女が胸を張る、立派な平屋の一戸建てだった。

しかし、いくら長年の夢だったとはいえ、70代にして家を建てるだろうか。立派な家を建てたとしても、そこで暮らせる時間は限られている。何十年も、爪に火をともすような暮らしを続けながら、やっとの思いで蓄えた虎の子の2000万円をはたいてしまうだろうか。冷静に損得勘定をすれば、老後に、あるいは自分たち亡き後には息子に、現金を残すのが、正しい選択ではないのか。

「持ち家」への長年の憧れをかなえたスミちゃんの誤算

彼女の訪問診療を始めたのはその後のことなので、私が往診に寄っていたのは、彼女自慢のマイホームだった。台所に居間、そして夫婦それぞれの居室が1つずつ、4つの部屋が「田」の字の形に配置された、言うなれば日本の伝統的な間取りだ。簡素だが効率的で、風通しのいい、気持ちのいい家だった。

「私には学はまったくないけどね、長いこと家政婦をして、あちこち、人様の家を見てきたから。どういう家が住みやすいのか、ずっと研究してきたんだよ」

こう言って、スミちゃんは笑っていた。

訪問診療医の立場からも、素晴らしい間取りだと思えた。足腰が弱くなる高齢者にとって、2階建ての家はほとんど意味がない。たとえ部屋数が多少増えたとしても、階段の上り下りが億劫になって、2階にある部屋は総じて「開かずの間」になるからだ。そして、シンプルな造りの家は、高齢者が行き来しにくい暗く狭い廊下もない。夫婦が2人だけで、必要最低限の動線で生活が成り立つように、生きていけるようにできている。スミちゃんが「長年、研究してきた」と言うだけのことはある、じつに理詰めに設計された、よくできた家だった。

ただ1つ、スミちゃんの誤算があったとすれば、それは家の完成後、1年ほどで夫が他界してしまったことか。

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