沢登り制覇目前にどこへ「民間捜索隊」過酷な現場 缶ビールを2本冷やしたままどこへ行ったのか

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奥さんから話を聞いたその場で、私はお兄さんに「テントの中に残されていた計画書はいつのものでしたか?」と尋ねた。Kさんの所有物はテントも含め、警察から彼の手元に戻っていた。お兄さんは「確か、今回のものだったと思う」と言うが、私は「もう1回だけ、調べてもらえませんか?」とお願いをした。帰宅後、すぐに調べて連絡をくれた。

「中村さん、計画書、前回のものでした。どう思います?」

それまで冷静だったKさんのお兄さんの声が震えている。

「3枚目の計画書は、Kさんご本人が持っていると思います。つまり、1日目に遭難した可能性が高いのでは?」

お兄さんに伝えると「私も、そう思います」。

ふたりの意見が一致した。

私は、それまで重点的に探していた2日目のルート周辺の捜索を止め、捜索範囲を初日の行動予定ルートに絞り込むべきだ、と捜索隊のメンバーに提案した。

「そんなの、推測に過ぎないじゃないか」とまったく信じてもらえなかった。今回の捜索には、私の山の師匠と、その先輩も参加している。経験値において私など足元にも及ばない。彼らが言うことも、もっともである。

1日目のルートは、この山の中ではメジャーなルートのひとつであるため、Kさんが遭難した後、同じ場所を歩いている登山客も多くいる。実際、登山者向けのコミュニティサイトを見ても、Kさんより後に同じルートを登った人の投稿もあった。ルート上でけがをしたりしていたら、登山者が見つけているはずだ。

「そんなところを捜索するなんて、何か根拠があるのか?」

メンバーは当然聞いてくる。

捜索の「目」

LiSSのメンバーは、10人前後。それぞれ、普段は私のような医療者だったり、自営業や山のガイドなど本業を持ち、捜索依頼が入ったら出動してくれる。全員が登山歴20年以上を誇り、技術にも長けた正真正銘の「山のプロ」たちである。

しかし、そうであるがゆえに一般的な登山者だったら迷うかもしれない場所を見ても、「ここは迷わないだろう」とプロならではの判断をしてしまい、ヒントを見落とすこともありえるのではないか。

「この山だったら、ここが一番危ない」「そんな場所で迷うわけがない」……そういった言葉もメンバーからよく聞く。これは、山をよく知っているがために「山から考える」ことに慣れてしまっているからだろう。

しかし、捜索する上で大切なのは「遭難者の視点から山を見る」ことだ。LiSSに依頼がくる遭難者のほとんどは、一般登山者であり、山のプロであるガイドではない。当然、経験値も技量もさまざまだ。

だからこそLiSSの捜索には、私の友人でたまに軽い山登りを趣味でする程度の人も参加している。捜索に入ってもらうというより、私の前を歩いてもらい、彼女が実際に山の中で迷った場所や危険と感じる箇所をチェックしていくのだ。

そこは、遭難者も迷った可能性が高い。「遭難者の目線を常に意識する」「遭難者の立場から、山のどこが危険なのか考える」ことこそが、最も重要だと私は考えている。

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