沢登り制覇目前にどこへ「民間捜索隊」過酷な現場 缶ビールを2本冷やしたままどこへ行ったのか
しかし、どれだけ探してもKさん発見につながる手がかりが見つからない。
すでに季節は秋から冬に変わる頃で、日没も早い。時には、日が暮れてからも活動せざるをえないこともあった。捜索が長期化すると、隊員の表情にもだんだんと疲労の色が濃くなる。
「2日目の計画ルートばかり捜索を行ってきたけど、3日目に遭難した可能性はないのかな、それか1日目? 何かがおかしい……」
さまざまな疑問が生じてくる。
なんでもいい。何かヒントはないか?
この時点まで、私たちは、依頼者であるKさんのお兄さんからKさんについての聞き取りをしていた。しかし彼は普段、Kさんとは一緒に住んでいない。Kさんの日頃の行動パターンや性格は、奥さんが一番詳しいはずだ。私たちは、彼女と話ができないかお兄さん経由で打診した。
Kさんの奥さんとお兄さん夫婦、私、そしてもう1人の隊員の5人が、ファミリーレストランで会うことになった。奥さんは憔悴しきった様子で、食欲もないのか、ほとんど何も口にしない。しかし、Kさんとのこれまでの思い出や夫婦間の愚痴を話してくれた。
Kさんの何気ないルーティンに手がかりがあった
言葉の端々に長年連れ添った夫婦らしさを感じながら、私は話に耳を傾けた。
話を聞くうちに、Kさんの人物像が、私の中でより具体的になっていく。
寡黙で根っからの山好き。普通なら「主要な沢だけ登ればいいかな」と思いそうなところを、すべての沢を制覇しようと思うなんて、几帳面で、気が長い人なのだろう。同席してくれたお兄さんも、とても紳士的な人物だから、ご兄弟で雰囲気も似ているのかな……。
話の中で、一点、気になることがあった。
「夫は毎週、山から帰ってくると、リュックを置いてすぐに、翌週の登山計画書を冷蔵庫に貼るのよ。帰ってきたらすぐに、よ。手も洗わずに。信じられないでしょ。そういうところはせっかちなんだから」
私は、Kさんのこの何気ないルーティンに、手がかりがあると直感した。奥さんによると、Kさんは毎回、登山計画書を3枚作成していたという。
1枚目は自宅の冷蔵庫に貼る用。2枚目は登山口ポストへの提出用。そして3枚目は、登山中に持ち歩き、ベースキャンプに置いておくためのものだ。
今回も、Kさんは冷蔵庫に1枚貼っていた。そして、登山口ポストにも同じ計画書が提出されている。Kさんが丹沢に入り、登山を開始したことは間違いない。では、残り1枚の登山計画書はどこへ?
もしベースキャンプに残されていたのが今回の計画書であれば、Kさんが遭難したのはベースキャンプに着いた後の事故であろう。だが、もし「前回の」計画書がテントに残されていたとしたら、遭難はベースキャンプに着く前、つまり1日目に起きたと考えるべきではないか。
なぜならKさんの行動パターンから考えると、初日にベースキャンプのテントまで着いていたら、すぐに計画書を最新のものに替えていたに違いないからだ。それがテント内にないのであれば、そもそもKさんはベースキャンプにたどり着いていないということになる。
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