沢登り制覇目前にどこへ「民間捜索隊」過酷な現場 缶ビールを2本冷やしたままどこへ行ったのか
Kさんが2日目に予定していた下山ルートには、急峻な尾根で両側は切れ落ちている箇所があり、そこから滑落したと考えるのは自然だった。
長年丹沢に通い、山に慣れているKさんのことだ。山道には精通しているはず。道に迷うより、どこかで滑落してしまった可能性が高い。そして事故が起きたとするならば、確かに最も危険度の高い2日目の計画にあるどこかだろうと私たちも推測した。
問題は季節だ。例年、丹沢は12月末頃から雪が積もり始める。雪が降れば遺留品や遭難者の身体は雪の下に隠され、捜索が困難になってしまう。残された捜索時間は1カ月しかなかった。
冷やされたままの缶ビール
Kさんは「丹沢の秘境」とも呼ばれるユーシン渓谷の一番奥にある拠点施設「ユーシンロッジ」近くにテントを張り、登山中はすべてテント泊を予定していた。おそらく、最近はこの近辺の沢に重点的に取り組んでいたのだろう。
3日間の登山計画も、ユーシンロッジがちょうど中間地点になるようにルートが組まれていた。毎週この山に通っているので、テントは畳んだり持ち帰ったりせずに、その場に張りっぱなしにしていた。
水場もあり、急な悪天候の場合はロッジの建物内に避難すればいい。複数の沢も近くにあり、Kさんにとっては使い勝手が良い拠点だっただろう。
テントの中には下着が干されていた。食事を作るための食器類やロープ、カラビナといった登山道具も残されている。テント近くの沢で缶ビールも2本、冷やされていた。
Kさんは、この週末もテントに来ている。そして沢登りをした後にテントに戻る意思もあった。しかし、その途中で何らかのアクシデントに見舞われた。そう見えた。やはり2日目か……。
計画書に書かれていた2日目のルート、石小屋沢とヤシロ沢はすでに警察による捜索が実施された後だった。だが、私たちは、お兄さんからの「2日目のルートを捜索してほしい」という希望を受け、Kさんが2日目の行動計画を変更した可能性も視野に入れ、ユーシンロッジからほど近く、これまでKさんが登っていない沢を洗い出し、捜索活動を始めた。
捜索は難航した。
捜索範囲が広かったというのもあるが、思わぬ困難にも見舞われた。丹沢湖の湖畔からユーシンロッジまで通常2時間ほどの道のりのところ、崩落により玄倉林道が通行止めになっていたため、水源林管理棟から雨山峠経由でユーシンロッジに向かわざるをえず、片道3時間半はかかった。
週1回の捜索のたびに、前日の昼には自宅を出発し、夕方にユーシンロッジに到着、そして翌朝から捜索をする、という形をとった。
尾根から何本もつなげて長くしたロープを伝って急斜面を降り、Kさんの姿を探す。登山計画に記載されていた石小屋沢とヤシロ沢、そこから派生する枝沢、2日目の計画にはなかったが檜洞沢、そしてこのエリアで最もスケールが大きく、危険度も高い同角沢も「Kさんなら、予定を変更して挑戦したくなるのではないか?」と思い、捜索をした。
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