「今川氏真」亡国の暗君が平時の名君たりえた公算 教養ある文化人として家康のもと生き延びた

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NHK大河ドラマ「どうする家康」
(画像:NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイト)

家康は徹底したリアリストでしたが、この連載でも何度か触れてきたように不思議な寛容さをもった人物です。

家康が氏真の組織のリーダーとしての能力は認めなかったことは、わずか1年で牧野城の城主の座を解任したことでわかります。もしも氏真に能力があれば、今川家の面子を立てて大名に復帰させてやりたかったのかもしれません。

家康と氏真の深い関係

秀吉などはこういう部分は大雑把かつ気まぐれで、人物の能力はお構いなしに領地を与えたりするところがありましたが、家康にはそういう甘さはありませんでした。能力がないとドライに判断するシビアさがあります。その一方で氏真を切り捨てるわけではなく、その面倒を見続けるやさしさがありました。

家康の天下を諸将が願ったのは、こうした家康の懐の深い人事能力も関係していたのかもしれません。

一方で、氏真自身にも魅力があったような気がします。

氏真は、自分の没落の原因になった家康のもとに身を寄せ、力及ばずながらも一生懸命働いたようです。もちろん氏真としては今川家の復興という目的はあったのでしょうが、それでもかつての家臣のような、しかも年下の人間に仕えることは並大抵の精神力ではできません。家康もやりにくかったでしょうが、それでも情に流されない家康もまた大したものです。

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ちなみにこのふたりには後年、ほほえましい逸話が残されています。晩年、氏真はたびたび家康を訪ねては昔話を延々とするので、辟易した家康が立派な屋敷を江戸城から離れた品川に与えたというものです。

「早く帰れ」

とどうしても言えず困った家康の顔が目に浮かぶようで、家康の人間味と氏真の天然さが表れた逸話です。

今川氏真という人物は、もし平時に生まれていれば、育ちがよく心優しい名君であったのかもしれません。戦国時代という過酷な時代が氏真の不幸を招いたのでしょう。家康が、そういう氏真から重荷を下ろさせ、彼らしい生き方を与えたという見方もできます。

眞邊 明人 脚本家、演出家

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まなべ あきひと / Akihito Manabe

1968年生まれ。同志社大学文学部卒。大日本印刷、吉本興業を経て独立。独自のコミュニケーションスキルを開発・体系化し、政治家のスピーチ指導や、一部上場企業を中心に年間100本近くのビジネス研修、組織改革プロジェクトに携わる。研修でのビジネスケーススタディを歴史の事象に喩えた話が人気を博す。尊敬する作家は柴田錬三郎。2019年7月には日テレHRアカデミアの理事に就任。また、演出家としてテレビ番組のプロデュースの他、最近では演劇、ロック、ダンス、プロレスを融合した「魔界」の脚本、総合演出をつとめる。

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