AIに仕事を奪われる人・奪われない人の決定的差 知識労働者の大量失業を防ぐためにはどうするか

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もとより、これが本当に実現するならば、それは、AI失業に対する一定の救済策にはなるが、現在の資本主義制度のもとでは、それは、決して実現できないだろう。なぜなら、現在でも、企業に多額の法人税を課して、それを福祉政策の財源に充てようという社会民主主義的な政策は、様々な形で標榜されている一方、政権政党に強い資金的影響力を持つ大企業や企業団体は、必ず、そうした法人税増税の動きを阻止する方向で動くからである。

それゆえ、現在の資本主義制度を根本から変革しないまま、「ベーシック・インカム政策」をどれほど魅力的に語っても、それは単なる「幻想」に終わるだろう。

AIという技術の「本質」

また仮に、もし、このベーシック・インカム制度が実現できるとしても、経済的困窮者へのセーフティネットとしての役割を超えて、 「働かなくとも、政府が生活を支えてくれる」という制度が、本当に優れた制度であるか否かも、一度、深く考えてみる必要がある。

なぜなら、「労働」ということには、顧客に喜んでもらうことや、社会に貢献することなど、本来、「働き甲斐」(Joy Factor of Working)と呼ばれるものがあるからである。

特に、前述したように、AI時代にわれわれが取り組む労働の多くは、人間にしかできない高度な仕事であり、かつての工業社会における「苦役」と呼ぶべき労働とは異なり、ときに、それは「アート」と呼ぶべき高度なものになり、深い喜びを伴ったものになっていくからである。

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そのことを考えるならば。これからのAI革命の時代には、大量失業に対する解決策としては、やはり、失業する可能性のある人々に対する「能力開発教育」を行い、AIでは代替できない「高度な仕事」に取り組んでもらい、十分な給料を得られるようにすると同時に、
より充実した「働き甲斐」を感じてもらえるようにすることが、政府や企業の基本的責任となるだろう。

そして、そうした能力開発政策こそが、人間一人一人の意識を高め、可能性を開花させ、人類社会を、より高度なステージへと進化させていくことは、改めて言うまでもないだろう。

すなわち、AIという技術は、決して、人間を不要にする技術でもなく、人間を支配下に置く技術でもない。

それは、人間が最も高度な能力を発揮する舞台を支える技術にほかならない。

このAI技術もまた、「人間の意識を進化させるアクセラレータ」であることを、われわれは、忘れるべきではないだろう。

田坂 広志 田坂塾・塾長、多摩大学名誉教授

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たさか ひろし / Hiroshi Tasaka 

1951年生まれ。1974年東京大学卒業。1981年同大学院修了。工学博士(原子力工学)。1987年米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研究員。1990年日本総合研究所の設立に参画。取締役等を歴任。2000年多摩大学大学院の教授に就任。同年シンクタンク・ソフィアバンク設立。代表に就任。2005年米国ジャパン・ソサエティより日米イノベーターに選ばれる。2008年世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Agenda Councilのメンバーに就任。2010年世界賢人会議ブダペスト・クラブの日本代表に就任。2011年東日本大震災に伴い内閣官房参与に就任。2013年全国から経営者やリーダーが集まり「21世紀の変革リーダー」への成長を目指す「田坂塾」を開塾。

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