「なぜ君は、科学的に考えられないんだ?」
そして班目教授は続けた。
「これから一緒にやっていくためには、貴君にも科学的な視点で物事を語ってもらいたい。貴君らはスキンケアの製品を作るためにここに来た。であれば、私と満足が行く会話ができるようになってもらわないと困る。そういう意味では、今の貴君は落第点だ」
わかりやすい説明には起承転結がある
「はい……」。私は蚊の鳴くような声で答えた。
「ひとつアドバイスをあげよう。貴君が用意した製品に関する資料と、貴君の説明はとても理解しにくい。起承転結がなっていない。例えば……」
班目教授はホワイトボードにさらさらと字を書いた。
「先ほどの貴君の話は、起承転結の転がなかった。このように、はじめの状況説明、次に問題提起、そしてなぜ解決されなければならない? だからどうしたい? という各段階を意識して、つながるように、それでいて簡潔な言葉で説明できなくてはならない。起承転結の形を意識することで、次に何をしなくてはならないかも見えてくる。起承転結は一本道なんだ」
起承転結という言葉は、中学や高校時代に、国語の時間に聞いたことがあった。国語の教科書に出てくるような優れた文章は起承転結がしっかりしている……そのような、自分自身とは遠く離れた世界の話として記憶していた。
「さらに、貴君の説明にはいくつかの課題がある」
そういって班目教授はホワイトボードに次のようなことを書き出した。
・一文が無駄に長く、理解しがたい
・どれが主語かわからず、論理的な文章にならない
「これらの点を改善できれば、おのずと理解しやすい説明になる」
私は、ホワイトボードから目を逸らし、完全にうつむいていた。打ちのめされていた。そして思った。どうしてこんなにも言われなくてはならないのだろう。班目教授が言うことも理解できるが、初対面の相手に、ここまで言うものなのだろうか。「歯に衣を着せない」と片栗が言っていた言葉を、私は思い出していた。
ふと、班目教授は腕時計を見て、「おお、いけない」と叫んだ。
「これから会議がある。また来週きたまえ。もっと勉強してからな!」
そう言うなり班目教授は教授室から飛び出していった。
班目教授の白衣の背には、白と黒のまだら模様の兎のイラストが描かれていた。白衣の皺のせいでくしゃくしゃになった兎は「あっかんべー」しているように見えた。一瞬だけ目に入ったその兎のイラストは、鮮烈な印象として私の記憶に残った気がした。
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