相手を説得させられる「科学的な思考」を作るコツ 「根拠に基づいて説明できるか」が一番のカギ

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班目教授は私に何かを言いたそうな表情をしていたが、私は続けた。

「……また、皮膚のバリア機能を補うために、保水力に優れた自社開発の成分を配合します。肌のバリア層の上に、さらに『疑似バリア層』をつくり、皮膚内部の水分の蒸発を防ぎつつ、高SPFにより紫外線対策機能も持たせます。これらの作用により、乾燥や敏感肌、肌荒れに悩まない綺麗な素肌へ整えます。このクリームや美容液ゲルといった要素は、あくまで仮のご提案で、成分などについては、班目先生のご意見を伺いつつ内容を定めていければと考えています」

「ふぅん。疑似バリア層って、何?」

私は慌てて資料を見返した。どこにも、その説明は書かれていなかった。
「皮膚のバリア層を、疑似的につくるものです」。私はまごまごしながら答えた。

「じゃあ、皮膚のバリア層って何?」

「……すみません、わかりません」

その専門用語、理解できている?

班目教授は苦笑いを浮かべた。

「皮膚のバリア層というのは、正式な科学用語としては存在しない。あえて言うとすれば、肌の表面にある角質層のことだろう。しかし、角質層というのは実に優れたもので、そう簡単に異物を通さないし、水を内部に浸透させない。それをマッサージとか、不要なクリームを塗ることで、かえって悪くしているのがスキンケアの問題だ。……それで、皮膚の奥深くまで浸透させると貴君は言ったが、どのくらい深くなの?」

私は自分の手のひらを見てみた。皮膚の奥深くまで浸透するというのは、スキンケア製品でよく見られるキャッチコピーだ。自社製品をはじめ、いくつかの製品の浸透感をテストしたことがあった。そのときの感触を思い出そうとした。

「ええと、数ミリくらい……」

「間違いだ。化粧品の成分が浸透するのは、一般的に角質層までで、その厚さは0.01ミリから0.03ミリだ。そしてこの角質層の内側には、分裂を繰り返している生きた細胞や血管があり、ここに化粧品の成分が届いてはいけないのだ。化粧品に関する法律である薬機法でも、角質層よりも奥まで成分が浸透すると謳う広告は禁じられている。さらに貴君は敏感肌と言った。敏感肌とは何かね?」

敏感な肌です。という答えが班目教授には通じないことは、容易に想像することができた。私はもう涙目になっていた。「わかりません」と、蚊の鳴くような声で答えた。

しかし、班目教授は笑顔を浮かべた。

「正解だ! わからないのだ。敏感肌というのは、科学的な定義はないんだ。体調の変化やストレスや、気温の変化などに対して敏感に反応してトラブルが生じる肌のことを敏感肌と言うが、そんなもの個人の感じ方の問題であり、なおかつ、正常な皮膚の応答とも言える。これを一律なスキンケア製品で対応しようとするのは、科学的ではない」

正解、と言われて、喜べる気分にはなれなかった。敏感肌に科学的な定義がないということを、私は今まで知らなかったし、そもそも定義など考えたことがなかった。

自分は今まで、いったい何を考えてきたんだろう。スキンケアの会社の人間なのに、班目教授の質問に何一つまともに答えることができていない。私は目の前が真っ暗になり、ぐらぐら揺れているような気がした。自分が口にしている単語が、すべてばらばらの記号のようなもので、意味がないような気がしてきた。

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