「福島第一原発6基は廃炉やむなし。原発を持つ電力会社にはグローバルで格付け見直しも」 ムーディーズ・ジャパン、岡本賢治VPシニア・アナリスト

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格付け会社ムーディーズは、3月18日、東京電力の格付けをAa2からA1へ、2段階格下げし、なお引き下げ方向での見直しを継続すると発表した。格下げの理由をムーディーズ・ジャパンのVPシニア・アナリスト、岡本賢治氏に聞いた。

--今回の格付け見直しは、福島原子力発電所の事故を受けての判断だと思うが、地震の前後で、何が一番大きな判断材料の違いとなったのか。

原子力発電所を運営する事業体として、東京電力にこれまでスリーマイル島やチェルノブイリなどのような原発事故が起きる可能性があることを想定していなかったわけではない。ただ、地震の多い日本において、そうしたイベントリスクの織り込み方が十分ではなかったということ。また、実際に福島原発でこのような事故が起こり、その財務への影響を考えると、信用格付けを大幅に見直す必要があると判断した。

具体的には、ムーディーズでは東京電力は福島第一発電所の原子炉6基はすべて廃炉にせざるを得ないとみている。また、それに替わる電力供給源として、当面は火力発電所しかないが、福島、茨城などにある大規模な火力発電所も甚大な被害を受けており、復旧の見通しが立っていない。既存設備では供給力が十分ではないため新規建設が必要となり、原子力よりも割高な化石燃料費も含めたリプレイスメントコストも大きい。

--2007年に中越沖地震で柏崎刈羽原子力発電所の全7基が停止し、その際に東電は災害特損として2500億円を計上している。今回の事故はどのくらいの損失となるか。

柏崎刈羽のときも大地震だったが、全基がすべて運転停止した。それからすでに4年経ってもまだ4基しか復旧していないものの、長い目で見れば原発のコストは安く、キャッシュフローを創出するパワーには影響がない、という判断だった。だが、今回、事故を起こした6基すべてを廃炉にするとなると、損失は比較にならない。

中部電力の浜岡原子力発電所1号を廃炉にした際の費用は700~800億円といわれる。これが一応の目安になるだろうが、寿命がきた原子炉を廃炉にするケースと、放射能汚染などの事故を起こした設備を廃棄するケースではまた違いがあるだろう。また、火力設備の建設コスト、代替の燃料コストなどを考慮すると、損失としては兆円単位になる可能性がある。

--放射能による近隣の農産物などへの影響に対する補償の負担をどう考えるか。

21日、枝野幸男官房長官は、「第一義的には東電が責任を持ち、国がそれを補う」といった発言をしているが、原子力損害賠償制度では、大規模な天災などによる損害に対しては、事業者は賠償責任を負わないという規定がある。東電が一円も身銭を切らないで済む、ということは考えにくいが、国との間でどのような調整が行われるのか、現時点では見通しにくい。

ただ、東電としては、新たな発電所をつくるにしろ、原油やLNGなどの燃料を調達するにしろ、資金が必要になる。電力という復興のための重要なインフラを担う電力会社が財務的に困窮することは、政府としても避けたいと考えるのではないか。

--東電の財務状況についての心配はないか。

東京電力は、昨年秋、公募増資等により約4500億円を調達しており、自己資本は厚くなっている。増資当時は批判もあったが、今になってみるとやっておいてよかった、ということになるかもしれない。増資の時点では海外事業への投資などを使途として掲げていたが、まずは原発の廃炉など国内の対応が優先されるだろう。

社債や銀行融資などの有利子負債の金額は、現在7.5兆円程度だが、10年くらい前は10兆円を超えており、その当時に比べれば追加のファイナンスは不可能ではない。海外では、原子力事故の影響を重く見て、東京電力がデフォルトに陥るとか、国家管理に入る、といった悲観論も出ているようだが、現時点ではそこまでの事態は想定していない。

--原発の持つ潜在的なリスクがここまで高いということで、東電に限らず、他の電力会社の格付けにも影響はあるか。

事業リスクに天災などのイベントリスクをどのように加味すべきかについては、現在、ムーディーズのなかでもグローバルな議論を始めているところだ。原子力発電所を持つ国内の電力会社だけでなく、海外の電力事業についても格付けを見直す可能性はある。

国内の原子力発電所にも影響は出てくるだろう。建設中の案件は現在すべてストップしているし、稼働中の原発についても津波対策などで追加の設備増強が必要になる可能性が出てきている。すでに、関西電力が既存原発の災害対策として1000億円を投資すると発表したが、定期検査の長期化などで、原子力発電所の運営コストも高くなるだろう。
(聞き手:勝木 奈美子 =東洋経済オンライン)

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