「1000人の死化粧」をした人が見てきた人生の最期 遺体から声なきメッセージを受け取って

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そのご長男と最初に話したときは、「母の化粧は(施された)そのままでよい」と言われていたが、実は違和感があったのだ。

「そのとき、大切な人との最後のお別れで家族に気を遣わせてはいけない、何でも遠慮せずに言えるような状況をつくることも死化粧師の重要な役割なのだと痛感しました。故人の尊厳を守ることと同じくらい、ご家族が何を望んでいるのかを第一に考え、希望を伺い共感することが心のケアにつながるからです」

故人の声にならないメッセージ

ただし、気になったことを何でも話していいのはご遺族だけだ。ご遺体と向き合い心で会話する宿原さんには、故人の声にならないメッセージも伝わってくるが、周囲に話せないこともあるという。

「たとえば、目や口が開いたままのご遺体や、長い間自宅に戻れず入浴もできずにいたご遺体を見るとつらいですね。故人の声なき声に胸が痛みます。それでもご遺族にはあえてそこには触れずそっと目と口を閉じて、お体もきれいに処置していきます。

また医療機関で亡くなった方で気になるのは、最期まで点滴を受けて体に水分がたまってむくんでいるご遺体です。水分が多いと死後変化が起こりやすく、点滴やカテーテルの針穴から体液や血液が流れ出すことがあります。ご家族がそれを見てショックを受けないように、必要な場合は迷わずエンバーミング(ご遺体を衛生的に保全する感染防御処置のこと)のお話をしてご家族の安心を優先します。病院の死後のケアが理由で死後変化が出ていることもありますが、私からは言いません。それを知ってしまったご遺族は一生悔いが残ると思いますから」

その代わり、医療関係者向けの講演会では必ず死後変化の話をして、過剰な点滴の影響や死後の医療的処置の重要性を伝えている。加えて、遺体の皮膚は乾燥が著しいため、亡くなった方の顔や手足などは必ず保湿するようにお願いもしているという。

一方、自宅で悲しい最期を迎える人もいる。

「ある男性の話ですが、仕事を終えて帰宅したら奥様が倒れて亡くなっていたそうです。年齢は40代。このような場合、警察が入ります。検案などがすべて終わったあと私がご遺体の処置をしました。そのとき、奥様のお顔を拝見したら鬱血と苦しんだ形跡が見て取れました。そこでご主人がいない部屋で奥様に向き合い、『1人で苦しくてつらかったですね。これから安心して旅立てるように整えていきますから心配しないでくださいね』と話しかけながらメイクしました」

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