欧米の思想でも、自国の文脈に合わせて再現できれば、それは日本の思想なのです。逆に日本の思想も、欧米の文脈に合わせて再現できれば、欧米の思想になる。黒澤明の時代劇『用心棒』は、セルジオ・レオーネ監督により『荒野の用心棒』という西部劇に仕立て直されました。文化の違いに応じて内容をアレンジする力、これが重要なのです。
リアリズムが理解できない日本
中野:今日の日本において特に重要なのは、国際政治学におけるリアリズムを理解することだと思います。E・H・カーは『危機の二十年』の中で、国際政治学の思想潮流をユートピアニズムとリアリズムにわけました。ユートピアニズムとは簡単に言えば、事実よりも目的あるいは願望が先行するような思考様式です。今日で言えば、リベラリズムです。それに対して、リアリズムは、国際秩序を成り立たせているのは軍事力や経済力といったパワーのバランスであるとする理論です。
第1次世界大戦後、西洋はユートピアニズム(リベラリズム)に基づいて国際秩序を形成しようとしました。しかし、各国の力関係や利害対立という現実を無視した国際秩序がうまくいくはずがありません。結局、国際連盟は機能不全に陥り、現状に不満を抱くドイツやイタリアによる挑戦を受け、第2次世界大戦が引き起こされることになりました。
日本はこのリアリズムを理解できていません。イラク戦争が起こったとき、日本ではアメリカに追従することがリアリズムだと言われていました。しかし、アメリカのリアリストたちは、イラクを民主化するなどというリベラリズムは非現実的かつ危険であり、イラク戦争はアメリカを疲弊させるだけだと反対していた。現在のウクライナ戦争でも、アメリカのリアリストたちは、そもそも、ウクライナをNATO(北大西洋条約機構)に加盟させて西側陣営につかせようとするリベラリズムの戦略を批判してきました。そんなことをしたらパワー・バランスが崩れ、ロシアを刺激して戦争になるおそれがあるからです。そして実際、その通りになって、ウクライナ戦争が起きてしまいました。カーの『危機の二十年』という古典の叡智を、現代人は、未だに活かしきれていないというわけです。