「そちらのお店は、とても繁盛していましたね」
「いえ、そんなことないですよ。まあ、今日の儲けはそこそこです。もう少し暑い日だったら、売り上げ3倍とかになるんですけど」
聞けば彼女は、イベントでの屋台出店だけで生計を立てているそうで、土日や祝日は全国のこうしたマーケット会場を回っているのだという。色んな生き方があるものだ。
「ドリンクって、儲かるものなんですか?」
「あ、かなり儲かりますよ。飲食店なんかでも、食べ物より飲み物の注文がたくさん入ったほうが助かるって言いますし。ドリンクって調理の手間もないし、原価で買ったものにそれなりの値段を付けて売ることもできるし。結局、最後は液体が勝つんですよ」
ほう……。
「また明日」と言って彼女と別れ、帰路を辿るその道すがら、私はずっと「最後は液体が勝つ」の響きを頭に巡らせていた。
もう、いっそのこと、明日は石の販売をやめて、彼女と同じように、ドリンクを売ってみようか。そっちのほうが、確実に利益になりそうだし、暇を持て余すこともなさそうだ。
いやいやいや。それって、本末転倒ではないか。
石を売って「お金の呪縛」から解き放たれることが最初の目的だったはずなのに、利益の誘惑と暇の恐怖に負けて、普通にドリンクを売るなんて。それって、結局は「お金の呪縛」に囚われてしまっているではないか。
ただ、「最後は液体が勝つ」というワードには、なにかのヒントが隠されている気がした。
液体、石、ドリンク、石、アルコール、石……、……、……。
あ、そうか。もしかして、これだったら。あるアイディアが、私の脳裏に閃いた。
旅立つ子ダヌキ
次の日、私はまた同じ公園の会場で、石を並べてカウンターの前に立っていた。
しかし昨日とはひとつ、違う点がある。看板だ。
「石ひとつ100円」の他に、「お酒一杯500円」とプリントされた紙を貼ってみたのである。ウィスキーと氷、そしてグラスをカウンターの下に忍ばせている。
ウィスキーで利益を得ようとしているわけではない。これはあくまで、お客さんの意識を石に向かわせるためのアプローチなのである。いわば、石が本当の売り物であり、ウィスキーは呼び子のポジションというわけだ。
「お、酒を売っているのか。……ん、石?」
訝し気な表情を浮かべながらも、ひとりのおじさんがカウンターへとさっそく近づいてきた。「お酒」の看板、効果絶大である。
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