石を売ろうとして売れなかった男の超痛い黒歴史 高校時代のバイトで魔が差した後に受けた制裁

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「番外地の墓場からやってきた人語を操る怪物」を見るような目で、主催者側の男性は「基本的にこのマーケットは、手づくりのものを扱う方しか参加いただけないのですが……」と私に告げた。しかし、ここで引き下がっては、せっかく作ったカウンターが台無しである。そこで私は一気にまくし立てた。

「たしかに、石は手づくりのものではないかもしれません。しかし、私が売ろうとしている石は、私自身の手によって拾われたものです。私自身が価値を見出して、見繕(みつくろ)ったものなのです。これはもはや『手づくり』の領域にあると断言できるものではないでしょうか。海老だって、海にいるときはただの海老です。でも、誰かが衣を纏わせて揚げれば、それはもはや『手づくり』の天ぷらなのです。いいですか、私が売ろうとしている石は、すでに海老ではない、天ぷらなのです」

その熱のこもったスピーチの勢いに気圧(けお)されたのか、それとも後半の「天ぷら」パートに言いしれぬ恐怖を覚えただけなのかはわからないが、主催者側の男性は「わ、わかりました。それでは『石の販売』ということで、ご参加いただきます……」とようやく出店許可を出してくれた。

世界一しょうもない総会屋なのか、私は。

純然たるドヒマ

まあまあな強硬手段によってこの『手づくり市』への出店が叶ったわけであるが、しかしカウンターを前にした私の気分は、暗澹たるものであった。

石が、売れない。

石が、全然、売れないのである。

見事なまでに、お客さんたちは石をスルーしていく。たまに「石ひとつ100円」の看板を目にとめる人もいるが、そこで私が「石を売っていますよ~……」と病気の子羊のような声で呼びかけると、必ずサッと逃げるようにその場から去ってしまう。

午前10時から始まった『手づくり市』は、すでに正午を迎えていたが、石はひとつも売れていなかった。

最初は、誰からも相手にされないことで孤独のアンニュイを味わっていたが、そのうちにどんどんと退屈気分は深みに入り込み、やがて苦痛へと変わっていった。

石に人気がないことが辛いのではない。自分が邪険に扱われていることが辛いのではない。暇が、とても辛いのである。

私は通常、不安に翻弄されながら、やれ労働したり、野草を食べてみたり、魚を突いてみたり、急に断食をしてみたり、その他諸々、落ち着きなく暮らしている人間だ。忙(せわ)しなくしていないとより大きな不安に襲われそうで、だから「暇」とか「退屈」という状態からは、ここ数年、なるべく遠ざかるようにしていた。

しかし、ここにきて、ドヒマ。

純然たる、ドヒマ。

石を前に、逃げも隠れもしない、ドヒマ。

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