沢木耕太郎が25年かけて書いた密偵の長大な旅路 彼が「天路の旅人」を何としても世に出したかった訳

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「少なくとも西川さんは、そういう純度の高い旅をした3、4年の日々があったために、あのように淡々と静かな生き方になったんだろうと。そういう輝きを経験した人にとっては、それがいちばん心地良いことだったと。僕も『深夜特急』で比較的貧しい旅をしていて、西川さんほどの純度の高い旅ではなかったけれど、やっぱりあれもこれも欲しいっていうようなタイプの人間にはならなかった。比較的、モノからは自由になれたと思う」

沢木は、「純度」という言葉を用いて戦時下の西川の貧しい旅を表現した。そしてそれを「輝き」と呼んだ。

本にまとめることで体から抜け出る

だがそんな沢木も、『深夜特急』後に純度の高い旅が自分から抜け出ていったような感触を持ったことがあったのだそうだ。

「やっぱり本にまとめることで、生々しい記憶であるとか、感情みたいなものが体から抜け出るんです。僕はそうだったからね。『深夜特急』でも、その後いろいろ『深夜特急』についてインタビューされても、ほとんど答えようがないっていうか、もう全部書いちゃった気がするのね。向こうが本の中にない新しいエピソードを欲してるってことはわかっても、やっぱりそれは出てこないっていうか、もうあの旅は『深夜特急』というものに対象化したと同時に、僕の内部から抜け出てしまって、すごくなんか弱々しいものになってるわけですよね。どんどん、どんどん遠くなっていくので、西川さんもそうだったろうと思うんです、それは間違いなく」

「でもね、僕もいろいろ調べたけれど、西川さんは自分の本をほとんど読み返してないと思うのね。もう旅を終えた彼にとって、自分の残した記録というものはほとんど重要なことではなかったんじゃないかな。もちろん出版したいとは思ったでしょう。だから努力したと思う。あの旅の続きをしたいと思ったでしょう。だからそのための努力もしたと思う。だけど、やっぱりある時、あの旅の続きはないってことがわかったんじゃないか。あの出版も途中で、出なきゃ出ないでいいと思ったんだと、僕は思う。だけど偶然のことから出版ができるようになって、それはとってもうれしいことだったとも思う。だからといって、過去の記録の出版は西川さんの人生にとって、それほど重要なことではなかったんじゃないかと。そういうありようが、かっこいいじゃない」

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