看護界の重鎮が91歳で新雑誌を創刊した切実事情 看護師を"ミニドクター"にすることへの疑問

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川嶋:極端に言えば、看護師がケアして病気が悪化しないより、患者さんの状態が悪化して検査や治療をしたほうが病院の収入になるのです。看護師が療養上の世話で力を発揮できない理由はそこにあります。今や、療養上の世話が介護職に委ねられるようになり、看護師は診療の補助ばかり。看護は医療に取り込まれ、看護が失われつつある。それをなんとかしないといけません。

人間が人間をケアすることの価値

──打開策はありますか?

川嶋:看護ケアによる予防医療について「看護報酬」があってもいいのではないでしょうか。

たとえば、肺炎のリスクの高い高齢者がいたとします。75歳以上で寝たきり状態が続いていて、意識がはっきりせず、口からものを食べられず、話すこともできない。こういう場合、肺炎にかかるリスクが極めて高いのです。

私の経験から、こうした患者さんに3時間おきの体位変換、1日4回の口腔内のケア、たんを出すケアを行うと、肺炎にはかからない。人手も時間も要しますが診療報酬はゼロで、看護するほど病院収入が減るのです。

リスクのある患者さんが入院して1週間経っても肺炎にならなければ報酬が何点、同様に寝たきりの患者さんの体位をこまめに変えることで床ずれを起こさなければ何点、というように看護報酬のようなものがつけば看護が変わるはず。これが実現されれば、予防するための看護が病院経営から評価されるようになります。

病気になる前に、病状が悪化しないようにケアすれば手術も検査も減って医療費も削減できるはずなのに、病院収入だけみれば看護師による看護より機械による検査が勝ってしまう。人間が人間をケアする価値があることが忘れられる大きな原因がそこにあります。

患者さんの苦痛を緩和する、口から食べることで健康になる。それを支えるための看護の実現のために、看護師自らが闘わなければなりません。熱いお湯とタオル、私たちのハートと手があれば苦痛が緩和でき、病気が治る可能性だってあるのです。

(この記事の後編:もはや患者の「苦痛に寄り添えない」日本の危機
小林 美希 ジャーナリスト

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こばやし・みき / Miki Kobayashi

1975年、茨城県生まれ。株式新聞社、週刊『エコノミスト』編集部の記者を経て2007年からフリーランスへ。就職氷河期世代の雇用問題、女性の妊娠・出産・育児と就業継続の問題などがライフワーク。保育や医療現場の働き方にも詳しい。2013年に「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『ルポ看護の質』(岩波新書、2016年)『ルポ保育格差』(岩波新書、2018年)、『ルポ中年フリーター』(NHK出版新書、2018年)、『年収443万円』(講談社)など著書多数。
 

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