看護界の重鎮が91歳で新雑誌を創刊した切実事情 看護師を"ミニドクター"にすることへの疑問
──「特定行為」のなかには、リスクのあるものもあります。病気が原因で胸にたまったウミや血液、浸出液を体外に排出するための管(ドレーン)や気管挿管のチューブを抜く医療行為について、日本麻酔科学会から「再挿入が必要なときに命の危険があるから看護師だけが行うのは危険」という指摘がありました。
日本医師会も「特定行為のなかに絶対に医師が行わなければならないものがあり患者の医療安全を脅かす」と、反対していました。川嶋先生も当初から反対の立場ですが、なぜでしょうか。
川嶋:医師でも診療科が違えば、診断も治療も難しいのに、看護師が医師の診療の補助の範囲を超えて、医業を行うことへの疑問があります。「特定行為」の研修制度については、保助看法に記されましたが、研修を終えた看護師には、名称がありません。メディアなどで“診療看護師”や“特定看護師”などと呼んでいるように、ミニドクターを作ろうとするものです。医学と看護は違うもの。医師と看護師にはそれぞれ専門の領域があり、その専門領域を守るのが専門家です。
職能団体の日本看護協会は、躍起になってこの特定行為研修の推進に力を注いでいますが、それよりも前から専門的な資格を作り、診療科や分野ごとの「専門看護師」や「認定看護師」の資格試験を行っています。特定行為研修制度はそうした資格とは異質の、あくまでも医業の肩代わりです。もし、医師と同じ業務をしたいというなら、医学部に入って医師になればいいのです。
本当に看護師が特定行為をしたいと思っているか
──国は特定行為のできる看護師を2025年までに10万人を養成するといって始まりましたが、研修の修了者は2022年3月時点で4832人にとどまっています。
川嶋:この10年来、研修推進のために使われた国家予算額も膨大だといいますが、本当に“特定看護師”が必要なのか、本当に看護師が特定行為をしたいと思っているのか。養成者数の少なさが、その答えを物語っているのではないでしょうか。あらゆる疾患の患者さんを看る看護師はスペシャリストではなく、なんでもできるジェネラリストでなければならないのです。
それでも国と看護協会が推し進める以上、出版社も忖度(そんたく)せざるをえなくなり、“特定看護師”を推奨する出版物ばかり。“特定看護師”に対して疑問視する本や雑誌を出せなくなっているのが現状ではないでしょうか。本来であれば、特定看護師についてもいい、悪いと意見が表明されていいはず。看護界にもっと言論の自由がなければなりません。そうした意味でも、『オン・ナーシング』を刊行する必要があると思いました。
──川嶋先生は、療養上の世話に重きを置いて、患者さんに手を当てる看護「て・あーて」の普及に努めています。「て・あーて」に取り組む病院として、愛媛県今治市の美須賀病院の例を本オンラインでも取り上げました(「看護の日に考える『あえて人に触れる病院』の真意」)。『オン・ナーシング』でも紹介されている「て・あーて」とは、どのようなものでしょうか。
川嶋:そもそも看護の本質とは、患者さんに直接、手を当てることにあります。看護の原点とは、人権や安全・安楽をふまえて、その人の固有の自然治癒力に働きかけることにあります。その究極の手法が、看護師の手によるケアなのです。「手 TE」の「アート ART」にEをつけて「TE-ARTE てあーて」という造語を作りました。患者さんに手を当てる看護によって、患者さんの自然治癒力を引き出すのです。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら