実は仕事嫌いで毒舌、紫式部が書いた「悪口」の中身 2024年NHK大河ドラマの主人公の実像に迫る

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先日、中宮の大夫がいらして女房に中宮様への伝言を頼む、という機会があったのだけど、身分の高い女房たちは、恥ずかしがって来客者に顔も合わせず、そのうえ誰もはっきりしゃべらない。ちょっと声を出したとしても小さい声だけ。みんな言葉を間違えるのを怖がって恥ずかしがっているのでしょうけれど……それにしたって、対応する女房が一言もしゃべらないし姿も見せないなんてこと、ある!?

ほかのところの女房たちはそんな仕事の仕方、してないはず。もともとの身分がどんなに高い方でも、いちど女房として仕事を始めたからには、郷に入っては郷に従えなのに! こちらの皆様はお姫様気分のままみたい。

<原文>
まづは、宮の大夫参りたまひて、啓せさせたまふべきことありける折に、いとあえかに児めいたまふ上臈たちは、対面したまふことかたし。また会ひても、何ごとをかはかばかしくのたまふべくも見えず。言葉の足るまじきにもあらず、心の及ぶまじきにもはべらねど、つつまし、恥づかしと思ふに、ひがごともせらるるを、あいなし、すべて聞かれじと、ほのかなるけはひをも見えじ。

ほかの人は、さぞはべらざなる。かかるまじらひなりぬれば、こよなきあて人も、みな世にしたがふなるを、ただ姫君ながらのもてなしにぞ、みなものしたまふ。(『紫式部日記 現代語訳付き』紫式部、山本淳子訳注、角川ソフィア文庫、KADOKAWA、2010年)

職場の同僚に「ただ姫君ながらのもてなしにぞ、みなものしたまふ」(みんなお姫様気分でいるみたい)と書くなんて! なんて切れ味の鋭い批判なんだ!!と苦笑してしまう。キレキレの悪口である。

しかも「もともとが身分の高かった人に限って、女房仕事をするとなるとお姫様気分でうまくいかない」なんて、職場の人物描写として意地は悪いが、気持ちはわかる。このあたりの人物描写の鋭さは、『源氏物語』の女性たちの描写の切れ味につながっていくのだろう。

今の私たちに勝るとも劣らない職場の悪口

今も「職場の先輩が全然仕事してくれない」「今年の新卒は学生気分が抜けていない」などの批判はあるあるだろう。が、平安時代の紫式部は、今の私たちにも勝るとも劣らない職場の悪口を日記に書き連ねていたのである。

『源氏物語』は、実はこんなふうに「仕事が嫌だ」「仕事の人間関係も嫌だ」と思っていた紫式部にとって、物語という名の大事な逃避の場だったらしい。現代の私たちが趣味を仕事の逃避にするようなものだろうか。次回は紫式部が物語についてどんなふうに考えていたのか、『紫式部日記』を読み解いてみたい。

三宅 香帆 文芸評論家

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みやけ かほ / Kaho Miyake

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。2016年「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」がハイパーバズを起こし、2016年の年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位となる。その卓越した選書センスと書評によって、本好きのSNSの間で大反響を呼んだ。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『人生を狂わす名著50』(ライツ社刊)、『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)など著書多数)。

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