お笑いに救われた子ども時代
楠木新(以下、楠木):矢野さんは子どもの頃からお笑いが好きだったのですか?
矢野宗宏(以下、矢野):私は生まれが愛媛県の松山で、小学校に入る少し前に大阪の堺に引っ越しました。でも言葉が違うということもあって、いじめられました。それが小学4年のとき、当時の三遊亭歌奴さんの「山のあな、あな、あな……」で有名な「授業中」という新作落語を見よう見まねで覚えて、休み時間に教室でやってみたのです。これが大ウケで、「おもろいやっちゃな」ということで人気が出て、「お笑いっていいな」と味をしめたわけです。それで高校でも大学でも落語研究会に入って活動してました。
楠木:大学は関西大学ですね。関西大学の落語研究会は、六代桂文枝師匠も在籍していた名門です。卒業のとき、プロになろうと思わなかったのですか?



















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