「回転寿司」と闘ったアルバイト男性が笑顔のワケ 高校時代の担任教師との出会いが大きかった

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マサミチさんたちの会見はさまざまなメディアで取り上げられた。ただ私が驚いたのは、報道そのものよりも、ネット記事のコメント欄でマサミチさんらを非難・批判する意見に何万件もの“賛成票”が投じられたことだ。

「5分単位で付けてくれるなら十分良心的」「権利を主張するのはいいが、この学生はバイト中、無駄話もいっさいしないのかな?」「権利ばかり主張する人は、義務を果たすことを要求されると反発する人が多いよね」など。マサミチさんらを「意識高い系」と揶揄するコメントも散見された。

ネット上の反応に対して…

しかし、労働時間を1分単位で計算することや、必要な準備作業を労働時間とみなすことは原則法律で決まっている。マサミチさんたちは法律を守ってほしいと訴えているにすぎない。不安定な身分で賃金水準も低い非正規労働者が多いのは、回転寿司だけでなく、飲食業界全体に共通する課題だ。こうした仕事で家計を支える人たちにとって1分単位か、5分単位かは死活問題でもある。マサミチさんの主張は最近はやりのSDGsにもかなったものではないのか。

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意見を述べる自由はある。ただ匿名のコメント欄特有のあやうい感情論は、権利を主張しようとする人を委縮させ、ひいては貧困の温床である質の悪い非正規労働をはびこらせる一因となってきた。こうしたコメントを野放しにするポータルサイトの側にもおおいに問題があると言わざるをえない。

かっかする私をよそに、マサミチさんはネット上の反応に関心はないようだった。それどころか「積もりに積もった不満を言うことができた。楽しかったです」と屈託がない。

声を上げる人をあざ笑うような物言いに腹が立たないのか。私の問いかけに、マサミチさんは少し思案した末に「自分の好きな言葉に『能力のある者はそれを行使する義務がある』というのがあるんです」と答えた。アニメ化もされたラブコメ漫画『ニセコイ』の中のセリフだという。

意味合いとしては「ノブレス・オブリージュ」というより、「適材適所」に近い。声を上げる「能力」を持つ人がその役割を果たせばよい。ただそれだけの話、なのだと。その軽やかさがまぶしくもある。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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