父は「偏差値35なのに東大志望」の僕をこう叱った 3回目の「東大合格発表」前日に大げんかした訳

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特別厳しかったわけではないのですが、人並みには勉強に対してうるさい人ではありました。たまに会うタイミングでは、必ず勉強を見られました。「今度のテストは大丈夫なのか? 自分が見てやろう」と。

勉強がすごく嫌いな僕は、そう言われるのがすごく嫌で、単身赴任でたまに父親が帰ってくるのが憂鬱でしかたなかったのです。

その時間は、1時間で終わってくれるときもあれば、5時間もやるときもありました。長かろうが短かろうが、「この数学の問題はこうやって解くんだぞ」「この理科の問題は、これを覚えないといけないぞ」と教えられるのがとにかく苦痛でした。

父の勉強の教え方が悪かったわけでは決してないのですが、僕は当時、本当の本当に勉強が嫌いで、ただただその時間ゲームをしたかったのです。

忘れられない「悲しそうな父の顔」

でもそんな父の個別指導が、ある日、ピタッと終わったのです。

あれは中学生のときのこと。いつものように勉強を教わっていたとき、父が「これはこうなんだぞ、大丈夫か?」と聞いてきました。それに対して勉強が嫌いな僕は、キレ気味で「はいはい、わかってるよ!」と大声を出したのです。

それを聞いた父は、一瞬悲しそうな顔をした後に、「もういい」と一言言って、部屋に戻ったのです。

あまりに唐突だったので「え!?」ととまどいました。後から僕のその態度について怒られるんじゃないかと思って怖がっていたのですが、待てど暮らせどそれから先、怒られることはなく、むしろそれ以降、父から勉強を教えられることはなくなったのでした。

父から勉強について言われることがなくなったことを、「しめしめ、これで遊べる」と思っていた記憶もあるのですが、しかしなんとなく、そのときの父の悲しそうな顔がずっと記憶から離れず、その後もずっとその顔を思い出すことになりました。

そして、そのあと僕は、なぜか、父親に自分から質問をしに行くようになりました。僕は文系で父親は理系だったので、タイミングを合わせて、数学の質問を準備してぶつけるようになったのです。

正直、学校の先生でも誰でも、数学の質問なんてできます。ですが、僕はわざわざ父親に勉強を聞くために、数学の疑問を残しておいたのです。

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