1300年前に「ジャニーズ」的な歌を詠んだ男の正体 「和歌=気難しい」と思う人に伝えたい意外な真実

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家持の歌の前に紀女郎はこんな歌を送っている。

玉の緒を沫緒に搓りて結べらば在りて後にも逢はざらめやも(巻4・763)
(私とあなたの縁は、そうね、きっと水の泡を結ぶことができたならいつか会えるでしょう)

紀女郎はたぶん、若き恋人が、単身赴任を終えたら自分から離れることがわかっていたのかもしれない。「沫緒」の意味は解釈がわかれるところだが、おそらく水のしぶきが重なってゆるやかに結び目をつくること……つまりはほぼ不可能であることの例えだ。

私たちの縁は、水のしぶきが重なり合って結ばれるくらいの奇跡が起きたら、また続くこともあるのかしらね。

そんなふうに言う紀女郎に、家持は「あなたが100歳になっても好きだよ」という和歌を贈る。和歌に手練れの年上女性と若き和歌の天才の恋を象徴するようなやり取りだったのだ。

「万葉集」にもボーイズラブ?

さて、家持の和歌の相手は、女性だけに限らない。例えばこちらの歌。赴任先の越中から都へ帰ることになった時、友人の男性・池主に贈った歌だ。

我が背子は玉にもがもなほととぎす声にあへ貫き手に巻きて行かむ(巻17・4007)
(愛おしいきみが、真珠だったならいいのに。そしたらほととぎすの声と一緒に紐で通して、僕の腕に巻いておきたいな)

相手は友人の男性だが、ラブ全開の贈答歌だ。ボーイズラブ!?と思ってしまうが、しかしどうやらこれは当時の教養あふれる遊びだったらしい。つまり恋愛の和歌とはこういうもの、という知識をお互い見せることによって、和歌を贈り合う戯れ。

実際、池主はこんな和歌を返している。

うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む(巻17・4010)
(恋しくて愛おしいあなたが、なでしこの花だったならいいのに。そしたら私は毎朝見られるのにな)

真珠に対して、花で返す池主も池主で、ノリノリである。和歌というと気難しいイメージがあるが、奈良時代はまだまだコミュニケーションツールの1つだった。家持や池主の歌を読むと、そんな事実を再確認できる。

三宅 香帆 文芸評論家

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みやけ かほ / Kaho Miyake

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。2016年「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」がハイパーバズを起こし、2016年の年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位となる。その卓越した選書センスと書評によって、本好きのSNSの間で大反響を呼んだ。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『人生を狂わす名著50』(ライツ社刊)、『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)など著書多数)。

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