日本人が知らない現代韓国に根づく「ある文化」 駅のホームからプレゼントまで――驚きの背景

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では、なぜ韓国では詩が愛されるのか。それにはいろいろな理由が考えられ、詳細な分析は本稿の射程を大きく超えるが、韓国の近現代史を顧慮すれば、理由のひとつとして、困難な時代が長らく続いてきたという点が挙げられよう。人々が困じ果てた状況の中には、いつも詩が胚胎した。

例えば、植民地時代には、李相和(イ・サンファ)や尹東柱(ユン・ドンジュ)などの「民族詩人」が筆を執り、軍部独裁政権の時代には、金洙暎(キム・スヨン)や金芝河(キム・ジハ)などの参与文学の詩人たちが注目された。労働詩、農民詩などと称されるジャンルも台頭し、言論統制が峻厳だった1980年代は「詩の時代」とも呼ばれた。時代背景も詩の種類も多様で、粗笨(そほん)に括(くく)ることはできないが、韓国の歴史において、詩が常に人々の内面を代弁し、武器にも癒やしにもなってきたのは確たる事実であろう。

次々と新たな詩が生まれる韓国社会

社会のありようが変容しても、韓国社会において詩が果たしてきた役割は杜絶(とぜつ)することなく、現在まで承継されており、詩趣は異なっても、新たな詩が次々に胎生している。そして、批評家の若松英輔が言うように、詩は、詩人の心にだけ宿るのではない。誰の心にも詩人は棲んでいる(『悲しみの秘義』、ナナロク社)。若松はこれを一般論として述べているが、韓国社会はこうした傾向がより強いのだと思量される。

本稿で紹介した詩集は、韓国の通時的遷移や社会それ自体を投影したものではないが、しかし、詩というものが本来的に蔵する〈癒やし〉と〈気づき〉の側面が前景化したこの詩集が韓国でよく読まれているのは、得心のいくことである。詩を愛する一介の韓国学徒として、本書が日本においても多くの読者を獲得することを強く期待したい。筆者にとっても、本書は枕頭(ちんとう)の書になりそうな予感がする。

最後に、本書の日本語訳が、間然するところのない、信頼に足るものであることを附言(ふげん)しておく。本書がこうした優れた翻訳をもって日本語圏に迎え入れられたことは大変喜ばしいことである。

*編集部の判断で一部の漢字に読み仮名を付した。

辻野 裕紀 九州大学大学院言語文化研究院准教授

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つじのゆうき / Yuki Tsujino

九州大学大学院言語文化研究院准教授、同大学韓国研究センター副センター長。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は言語学、韓国語学。最近は文学関連の仕事も。著書に『形と形が出合うとき:現代韓国語の形態音韻論的研究』(九州大学出版会、2021年)、共編著書に『日韓の交流と共生:多様性の過去・現在・未来』(九州大学出版会、2022年)。

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