いくつになっても…「親子ラン」の意外なメリット 「キャッチボールにはない良さ」が走りにはある

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青年期の子どもがいる家庭で「親離れする」「子離れする」ということばが使われますが、親と子はそもそも離れていくことが自然なのでしょう。
一方で、案外、こうした疎遠になった仲を取り持つきっかけにもなるのが、親子ランです。疎遠となっていた親子がランニングイベントをきっかけに一緒に走り、新たな関係を築いたという例を紹介します。

疎遠だった親子、ランで新たな絆

50代後半の父親と大学を卒業し就職したばかりの息子(就職して地方配属になり別々に住んでいる)が「FREE10」という名前のファンラン(競走ではなく楽しく走ること)イベントに参加することになりました。日頃からジョギングをする市民ランナーの父親が、陸上部だった息子が社会人になって忙しく仕事に追われるだけの姿を見かねて、大好きだった走る機会を作ってあげたいと思ったらしいのです。

「FREE10」とはフィニッシュ地点の場所と時間だけが決まっていて、スタート場所と時間を自由に設計できる10キロのイベントです。自由度が高いぶん走るコースは自分たちで決める必要があります。久しぶりにLINEのやりとりをした親子は、スマートフォンに詳しい息子の助けを借りて面白そうなコース設計から始めました。

それまで、成人した子どもと父親のLINEはそっけない短文をたまに交わすだけでした。しかし、走るコースを設計するという明快で楽しい目標を共有したLINEのやりとりは、思いがけず盛り上がったそうです。

そしてイベント当日、スタート地点に近い最寄り駅で親子は待ち合わせました。さっそく走り始め、あらかじめ2人で相談して決めたフィニッシュに到達するまでに立ち寄るお店や途中で食べるものを満喫しながら、親子ランは進んでいきました。

フィニッシュまで約2時間、そっけなかった親子の会話が相当に盛り上がりました。それまでも、たまに自宅で一緒にお酒を酌み交わすことはあったそうなのですが、飲みにケーションとはまったく違う中身の充実したコミュニケーションがとれたそうです。「おかげさまで息子と新たな関係ができました」とうれしそうな顔で父親が語ってくれました。

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大人になった子どもが親と一緒に走るという機会はめったにないと思います。この親子の場合、同じ時間と場所を共有するだけでなく、共通の目標に向かって一緒に走るという要素で新たな関係が構築できたのだと思います。

前回(「屋外で走る」が現代人のストレス解消になる理由)をご紹介しましたが、走るという運動はセロトニンなどの脳内ホルモンが分泌されて、ストレスを取りのぞく「癒し効果」があります。そして、一緒に歩くことや走ることは、例えばテーブルに座って顔を付き合わせて会話するときのようにベクトルがぶつかり合うことがありません。

一緒に走るときはフィニッシュという同じ方向にベクトルが向かい、向かい合う気恥ずかしさや緊張感がとれて素直な気持ちで言葉をかわすことができます。学童期の「親子ラン」にはない思いがけない効果が、大人の「親子ラン」にはあるようです。

金 哲彦 プロランニングコーチ

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きん てつひこ / Tetsuhiko Kin

早稲田大学在学中4年連続で箱根駅伝5区(山登り)を走る。卒業後、リクルートランニングクラブの選手を経て、後にコーチ・監督に就任。有森裕子、鈴木博美、志水見千子、高橋尚子らオリンピック選手を指導。現在は市民ランナーからオリンピックランナーまで幅広く指導する、NHK BS1『ランスマ倶楽部』でお馴染みの プロ・ランニングコーチ。テレビやラジオの駅伝・マラソン中継の解説者としても活躍、東京オリンピックや世界陸上オレゴン大会でも陸上競技の解説を担当した。ランニングに関する著書は多数。

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