ソ連の崩壊と社会主義の破壊は想定外だった ペレストロイカを実体験したロシア人教授の回想

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2006年、テレビに出演したゴルバチョフ氏。彼のペレストロイカは世界に多大な影響を与えたが、当時の国民は何を考えていたか(写真・ Bloomberg)
2022年8月、ソ連共産党ので最後の最高指導者だったミハイル・ゴルバチョフ氏が息を引き取った。ソ連、社会主義陣営の崩壊を招いた反面、冷戦の終結、核軍縮を進め「よりよい社会」をつくろうとした政治指導者だった。朝鮮半島問題専門家として世界的に著名な韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授は、ゴルバチョフ時代のペレストロイカを実体験した人物だ。ソ連崩壊から30年。ゴルバチョフ死去という節目を迎え、ランコフ教授に当時の状況や自身の体験を聞いた。

 

――ゴルバチョフが書記長になった1985年、当時のソ連で「ペレストロイカ」(変革)、「グラスノスチ」(情報公開)、「ウスカレーニエ」(社会経済発展の加速化)など彼が打ち出した方針についてどのように考え、またどのような印象を持たれましたか。

ゴルバチョフは、自分が統治する国家と社会を、歪曲した目線で見ていました。例えば、「住民たちは社会主義経済や共産党を中心とする政治体制を永遠に支持するだろう」と考えていました。さらには、経済問題を過小評価していました。

ただ、当時のソ連では、自国の状況を客観的に把握している人はほとんどいなかったのです。ゴルバチョフの錯覚と誤った判断は、当時のエリート知識人階層の多数が信じていたことと同じでした。より厳密に申し上げると、彼らはゴルバチョフと同じ時代の人々です。1930年代に生まれ、1950年代に学校に通った人たちの多くが持っていた錯覚と判断ミスです。

ゴルバチョフが犯した最も重大なミス、それは政治改革を行えば経済問題も簡単に解決できると考えたことです。まさにそのために、民主を意味する「ペレストロイカ」と「グラスノスチ」が強調され、経済成長の鈍化を克服することを意味した「ウスカレーニエ」は最初からあまり強調されず、また時間が経つほど脇に追いやられてしまいました。

「政治改革を行えば経済もよくなる」

――中国の鄧小平が行った「改革・開放」とは逆のベクトルでゴルバチョフが改革を行おうとしたということでしょうか。

鄧小平時代の中国は、共産党を中心にする一党独裁体制を維持しながら、経済の市場化を図ることで経済的奇跡を成し遂げました。反面、ゴルバチョフ時代のソ連は、経済をほとんど無視して、政治部門で民主化を行ったのです。その結果、致命的な経済危機と連邦国家の解体を招いた――。これまで何回も繰り返された陳腐な話ですが、基本的に事実です。

ゴルバチョフは国を民主化する考えがありました。一方で、自由民主主義を導入するつもりは彼にはなかった。ゴルバチョフの目的は、改革を始めた初期の段階で、ある程度の言論の自由や討論の自由がある一党制の国家づくり。彼はこのような国へと改革すれば、民衆の声を聞くしかない共産党幹部たちが非常に厳しい経済問題を簡単に解決できると錯覚したのです。

もちろん、ゴルバチョフが始めた部分的な政治改革は、彼の統制から外れて、自発的に拡大し始めました。より厳密に言えば、政治改革への動きを統制する方法はありました。だがその方法は、流血をともなう武力的鎮圧だけです。ゴルバチョフのような人には、このような暴力的な鎮圧をする考えはありませんでした。

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