150年で「東京~大阪」の“道"はどう変わったか 旧東海道からリニアまで東名阪を結ぶ多様な道

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それは、旧東海道や国道1号線が通る箱根の山や伊豆半島を貫く山塊を、当時の鉄道が越えられなかったからだ。「汽笛一斉新橋を……」で始まる有名な『鉄道唱歌』は、明治時代に作られているため、この区間は現在の御殿場線経由で歌われている。当時の歌も、その証左となっているのだ。

熱海~函南間の丹那トンネルが開通して、東海道線は小田原~熱海~沼津のルートに移り、東海道新幹線もそれに並行して建設された。結果として、東京を出発した東名高速は沼津付近まで、「東海道」とは“出会わない”こととなった。

その後、旧東海道、東海道線、国道1号線、東名高速道路は、静岡市までほぼ同じ狭いエリア内を並走することとなる。その代表的な景観は、安藤広重の『東海道五十三次』にも描かれている由比~興津間の「薩埵(さった)峠」だ。

旧東海道、東海道線、国道1号線、東名高速道路がすべて並走する薩埵峠(写真:traway / PIXTA)

海岸に山が迫る狭い空間にこれらが寄せ集まるように通過しているのが、峠付近から一望できる。ただし、新幹線はトンネルに入ってしまうので、線路を峠から確認することはできない。

東名は、静岡市を過ぎると大井川付近でほかの路線よりも河口寄り、つまり海側に膨らむが、浜松の手前で今度は北へ上がり、東海道筋とは少し離れて、浜名湖の北岸を通過していく。愛知県に入って、豊橋~岡崎間で再び旧東海道や国道1号線とほぼオーバーラップするが、その後、豊田市から一宮市までは再び東海道筋とは離れ、内陸部を通過する。

といっても、この区間では名古屋ICの前後で名古屋市の東部を通過するし、豊田JCTからほぼ真西へ伊勢湾岸道を介して新名神につながる第2の高速ルートも市の南部を貫く。また、東海道線、東海道新幹線、国道1号線も名古屋市に集結している。

新東名の豊田JCT(写真:northsan / PIXTA)新東名の豊田JCT

つまり、後述するリニア中央新幹線も含めれば、過去から未来まで、東西を結ぶ太平洋側のすべての大動脈が名古屋に集まっていることになるのだ。

雪の米原か?勾配の鈴鹿峠か?

さて、名古屋から西、滋賀県の草津市までは、ルートが大きく2つにわかれる。1つは、旧東海道筋をたどるルート。東海道は、名古屋から三重県桑名市までは、大河が集まる木曽三川の河口を避けて、海上ルートをたどり、再び陸路を西へ向かう。

それに沿うように、国道1号線と新名神高速道路は、ほぼ旧東海道に沿って、四日市や亀山から鈴鹿峠を越えて滋賀県に入り、草津で米原からまわってきた東海道線、東海道新幹線、名神高速道路と再び出会う。

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