東京マラソンで中年オヤジがつかんだもの 「走ること」はこんなにも素晴らしい!

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江上:ランニングのいいところは、仕事とはまったく関係ないところで人とのつながりができること。過去の経歴とか仕事とか、全然関係ないですもんね。

辰濃:僕は会社を辞めて、最初の何年かは一人で走っていたんですけど、仕事をしている医薬関係の業界紙の社長さんが兄貴分みたいに面倒を見てくれて、その人を誘ってグループができて、皇居の周りを走る「皇居ラン」をするようになった。一緒に走る仲間がどんどん増えていきました。みんなで走る楽しさを知りました。

辰濃哲郎(たつの・てつろう)●1957年生まれ。ノンフィクション作家。慶大法学部卒。朝日新聞社を04年に退社。著書に日本医師会の内幕を描いた『歪んだ権威』や、東日本大震災時で64人が死亡した宮城県の病院を描いたドキュメント『海の見える病院』など。

江上さんはいま、仕事とは関係ないと言いましたが、まさにそうですね。走る仲間には、お互いがどんな仕事をしているかなんて関係ないんですよ。だから聞かない。「どんな大会に出たの?」とか「どのくらいで走るの?」が興味あることで、生活や仕事などに干渉しない世界で、「走る」ということの1点のみを共有している。そこが心理的に救われるゆえんです。 

マラソン大会に出ると、自分の体調が悪くても、ランナー仲間が一緒に付いて走ってくれたりする。レースに出ない人は沿道で応援をしてくれる。これはすごい励みになります。マラソンは1人の競技なのだけど、一方で、市民ランナーレベルでは人から励まされ、人を応援したくなる。「競走」なんだけど、「共走」なんですよね。

走っている感覚は「一種の無」

――先ほど江上さんは「禅的」とおっしゃいましたが、辰濃さんは禅的というのは感じますか?

辰濃:僕は昔、ピッチャーをしていたので、たとえば自分が無我の境地に達するとは一体どういうことなのか、探求したことがあります。神宮球場のマウンドに上がって、果たして無我の境地になれるか。それを知りたくて、ろうそくをずっと見つめたこともあります。

後から考えると、「打たれるんじゃないか」とか、「牛耳ってやる」と心で思っているときってダメなんですよ。揺るぎない自信で「無」に近い状態になっているときは、振り返ると好投している。でも、自分の中では完全に消化しないまま大学を卒業してしまったんですが(笑)。

走っていても、「無」という境地に達したになれるとすれば「マイナスの無」と「プラスの無」があると思うんです。つまり、マイナス状態の「どうでもいいや」「もうダメだ」っていう、あきらめの状態の無と、物事を肯定的にとらえた前向きの状態の無。それは無でないかもしれないけど、でも一種の無。いま走っているときの感覚は、こういった状態なのかもしれません。

江上:わかる。僕も禅にそんなに詳しいわけではないんですが、「無念夢想」といっても、完全に自分を打ち消して無になっているのではない。でも走っているときに、細かなことにはとらわれなくなる。いろんなことは頭にあるのだけど、ただ自分の行動は1点、走ることに集中される。そうした感覚です。

自分を追究するタイプが向く?

――ランニングに挑戦しても続かない人もいます。走ることに向く人というのは、ありますか?

江上:もしかすると走ることにのめり込む人は、まじめなタイプに多いんじゃないかと思う。コツコツ積み上げる。日本人に向いているかも。求道者というと格好よすぎるとけど、自分を追究するタイプかもしれない。

辰濃:たしかに、山っ気のある人はあまり向いてないかもしれませんね。

江上:ランニングのよいところは、誰でもすぐに始められることです。ラグビーも野球もメンバーを集めないとできない。でも走ることは思い立ったらできる。しかも、ほかのスポーツが勝者をめざすのに対し、マラソンは他者と競うのではない。42キロを断念するかしないかは、自分との闘いです。

辰濃:走ると自分にごまかせなくなります。大会の途中で棄権したり、練習で予定の距離を走り切れなかったりしたとき、自分は本当の理由をわかっている。体が故障しているのではなく、心が折れてしまっているから走れないんだとかね。逆に言うと、できない理由を挙げて簡単にごまかせる人は、向いてないかもしれませんね。自分自身に言い訳できちゃう人は続けられない。

江上:でも、やめちゃった人も、簡単にまた始められるのがいいよね。いつ始めてよいし、いつでも再開できる。本格的な用具はシューズくらいしかいらない。

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