東京マラソンで中年オヤジがつかんだもの 「走ること」はこんなにも素晴らしい!
辰濃:マラソンでベスト記録を出したいという人もいるでしょうけど、私は元来ドン亀のように遅いランナーなので、あまり考えていません。40代前半に4時間を切ったことが1度あるくらいで。自分が一生懸命やってもタイムはたかがしれているし。みんなで助け合いながら走る「共走」のほうが楽しい。
走ることについて僕自身、強く印象に残っているのは、東日本大震災(2011年3月11日)の直後、東北沿岸部で取材しているときの出来事です。震災直後から現地に入って、車で寝泊まりすることもあった。3月20日過ぎのことなんですが、石巻の被災地で早朝、車から出て歯を磨いていた。
そこに、はるか向こうから赤いジャージを来た人が走って来たんです。最初、何だろうと眺めていたら、「ぽっぽっぽっ」という感じで、どんどん近づいてくる。この先の橋を渡れば、そこは津波でぐちゃぐちゃになった街ですよ。その被災地のど真ん中に向けて、ランナーが走っていった。
それを見て、すこし語弊があるんだけど、僕はすごく嬉しかった。あのとき世の中全体が自粛ムードで、皇居の周りも走っている人はいなくなってしまった。すぐにランナー仲間との掲示板のサイトに「石巻で走っていたぞ」「前を向いて震災を忘れないためにも走ろう」と書き込みました。このことがきっかけになって、「被災地を思いながら走ろう」と、東京と東北との400キロをリレーでつなぐマラソンイベントを翌年から始めるようになったんです。
Tシャツに「忘れない」「東北に思いを馳せて 私は、走る。」とプリントしたTシャツを着て、みんなで「ワッショイ、ワッショイ」とタスキをつなぎながら、仙台まで走るんです。震災が風化していくのは仕方ないけど、せめて自分たちは忘れない、という自身に対する問いかけです。今年も4月11日に東京をスタートして5月9日に仙台へゴールします(『第4回東北被災地を忘れない!400㎞ リレーマラソン&ライド』は3月10日まで申し込み)。
メンタルヘルスに効果がある
江上:僕は社会的ひきこもりの人たちを応援しています。僕の本を読んで、ニュースキャスターの安藤優子さんが電話してきて「引きこもりの人や、社会とうまく折り合いがつけられない人たちをランニングで応援できませんか」と相談がありました。僕は頼まれると、「いや」と言えない性格なので(笑)、マラソン元日本代表の増田明美さんや精神科医の斉藤環さんたちにも協力をお願いして、月1回、代々木公園で走る会をしています。
会社で「いじめられた」とか「うつになった」とか、会社でミスをしてそのまま引きこもりになってしまったとか、現代はそういう人が多いんです。代々木公園の中を6~7キロメートルゆっくり走る。で、走り終わったらおしゃべりしながらおにぎりを食べる。でもね、月1回、こうするだけで劇的によくなるケースもある。メンタルに問題を抱えても、外でのランニングは効果がありますね。
辰濃:うつ状態の人に、きっと効果はあるはず。いい取り組みですよね。私は、自閉症の子どもたちと一緒に走っています。土曜午前に集まって10キロメートル。自閉症の子は大会で走りたくても、伴走者がいないと出られないことが少なくない。だから横に付いて励ましながら走るわけです。
自閉症の子は感情表現が下手で、何回会っても素っ気ないんですが、その彼らと心が通い合う瞬間があるんですよ。その一瞬が嬉しくて続けている。先日も駅伝大会があったんですが、残りわずかで制限時間が迫っていた。たすきを受け取る前に「ペースを上げるからね。がんばろう」と話したんです。ふだんは人の話など聞いていない風なのに、走り始めたら一生懸命についてくる。明らかにふだんと違う。ゼーゼーと言いながら追いついてくる。私の決意が伝わっていたんですね。彼の走りに気迫を感じ、それを信じました。制限の45秒前にゴールしました。ボランティアと言いながら、こちらが教えてもらっている。