自宅で父を看取った人の「やさしい5日間」の記録 小1と小5の子どもを連れて娘は実家に転居した

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黄泉(よみ)がえり(死後の世界から戻ってくること)をテーマに大ヒットした、アニメ映画『君の名は。』(2016年)の影響も大きいと柴田会長はいう。

「あなたのおかげで楽しい人生でしたよぉ」

父親が息苦しそうに、下あごをガクガクさせ始めたのは4月下旬の午前0時前。病院から戻って11日後だ。

智子さんから電話を受けた看取り士の乗本さんらが到着したのは約30分後で、日付が変わっていた。乗本さんはまず智子さんに父親のベッドに上がってもらい、左股にその頭をのせて父親と呼吸を合わせてもらった。

1週間ほど前に、智子さんの希望で練習した看取りの作法。わずか10分ほどで父親は息を引き取った。

「私もやらせていただいて、いいですか?」

その様子を見ていた智子さんの姉が、乗本さんに尋ねてきた。今亡くなった父親に自分もその作法をしたいと。

介護士として働いていた姉は、看取り士という仕事も名称も知らなかった。仕事がら、病院などで何度も経験していたが、看取りについてのいい印象はない。亡くなった方への敬意があまり感じられなかったせいだ。

「看護師や施設職員さんも忙しいので、言葉は悪いですがモノ扱いされてしまう。病院なら葬儀社の人が病室まで来て、ベッドの周囲がカーテンで閉ざされ、周りに気づかれないようにそそくさと裏口から搬出されます。駆けつけた家族でさえ、ゆっくりとお別れする時間もない」(智子さんの姉)

祖父や親戚の葬儀でも、家族が遺体に触れる場面を見たことがなかった。だが、実際に自分の太ももの上に父親の頭をのせると、この角度で、しかもこの近さで、父親の顔を見るのは生まれて初めてだった。

「亡骸に初めて触れて、背中がとても温かいのにビックリしました。亡くなると死後硬直が始まり、ドライアイスも置かれてすぐ冷たくなる、というイメージもありました。乗本さんのおかげで、死に対する印象ががらりと変わりました」(智子さんの姉)

数多くの遺体に接してきた彼女にとって、死は冷たくて怖いものだったせいだ。

姉に続き、乗本さんにうながされた母親も看取りの姿勢をとった。すると、父親の頭を抱きかかえるようにして声を上げた。

「あなたのおかげで楽しい人生でしたよぉ、ありがとう〜!」

その瞬間、父親の看取りのショックで、母親の病状が一層進んでしまうのではないか、という智子さんの恐れが消えた。

次ページ父親の亡骸と、母娘3人で過ごした「やさしい5日間」
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