理解無視、暗記だけの数学は歯止めが必要な理由 数学の教えと学びに必要不可欠な視点は何か

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著書にも書いたが、数学マークシート問題はなんらかの裏技を使うと正解がバレることがよくある。すなわち、記述式答案ならば0点でも、マークシート問題ゆえに満点になることがあって、この点に注目すれば相当不公平である。

また全文を書かせる証明問題では、必ず説明の“鍵”となる部分があり、それをどのように記述するかということで論述力が鍛えられるのである。以上から一般論としては、高校入試の証明問題を空所補充式で出題することは遺憾である。

もっとも、膨大な人数の試験ではマークシート式もやむを得ないという現実的な考えももつ。それだけに、日頃の学校での教育では、全文を書かすことを省略した“証明”の指導は無くすべきだ。

『新体系・大学数学入門の教科書(上)』(講談社ブルーバックス)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

さて、著書にも書いたが、「すべて」と「ある」の用法は算数・数学の学びにおいて重要である。

2つの式、「5x‐3x=2x」と「5x‐3=2」を比べると、前者は「すべての数をxに代入して成り立つ恒等式」であり、後者は「ある数(ここでは1)を代入すると成り立つ方程式」である。中学生や高校生に対する指導では、この違いがとくに注意すべき点である。

また、「すべての学生はスマホをもっている」の否定文は「ある学生はスマホをもっていない」であり、「ある学生の身長は190cm以上」の否定文は「すべての学生の身長は190cm未満」である。

大学数学にも暗記が浸透している危機感

実は、上で述べた「すべて」と「ある」の用法をよく理解しておくと、大学数学の微分積分学や線形代数学の基礎的内容はだいぶ理解しやすくなる。

『新体系・大学数学入門の教科書(下)』(講談社ブルーバックス)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

そのような視点に立って、数学と数学教育の両方で教鞭を執ってきた教員人生45年の区切りとして、一歩ずつ丁寧な説明を積み上げた書『新体系・大学数学入門の教科書(上下)』(講談社ブルーバックス)を上梓した次第である。

背景には、大学数学の入門部分にも「やり方」の暗記だけで済ます学び方が広く浸透してきた感があり、一歩ずつプロセスを理解して学んでいく「面白さ」を伝えたいという思いがあった。

だからこそ、円の面積が「半径×半径×π」であることの厳密な証明(アルキメデスの取り尽くし法)や、データサイエンスで必須の分散共分散行列の固有値に関する性質も、一歩ずつ積み上げた成果の応用として、一切のギャップ無しに導くことができたのである。

芳沢 光雄 数学・数学教育者

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よしざわ みつお / Mitsuo Yoshizawa

1953年東京都生まれ。東京理科大学理学部教授(理学研究科教授)、桜美林大学リベラルアーツ学群教授などを歴任し現在、桜美林大学名誉教授。理学博士。国家公務員採用I種試験専門委員(判断・数的推理分野)、日本数学会評議員、日本数学教育学会理事も歴任。著書に『AI時代に生きる数学力の鍛え方』(東洋経済新報社)、『新体系・大学数学入門(高校数学、中学数学)の教科書(上・下)』(ブルーバックス<講談社>)などがある。数学プロセス (https://sugaku-process.net/)というホームページも運営

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