プーチンが覚醒させた世界各国のナショナリズム ウクライナで「民族浄化」が起こる危険性も

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:ウクライナは地域によって違いがあり、ロシア系住民やロシア語を操る人たちもたくさん暮らしています。ゼレンスキーもロシア語を得意としています。そのため、プーチンとしても、まさかここまで抵抗されるとは思っていなかったんでしょうね。

佐藤:おそらくプーチンは、かつてのソ連がハンガリーやチェコを制圧したように、すぐウクライナを圧倒できると見くびっていたのでしょう。北京でパラリンピック冬季大会が開催される3月4日までに首都キーウを陥落させてゼレンスキー政権を倒し、傀儡政権を樹立させたらすぐ撤退、というぐらいに構えていたのではないか。ところがゼレンスキーは各国の議会でリモート演説をやり、国際社会を巻き込んで反撃に出た。

ウクライナの奮闘は、米欧にとっても予想外だったようです。現に3月はじめの時点では、ゼレンスキーをキーウから脱出させ、ポーランドに亡命政権を樹立させるプランを米欧が検討しているという報道が出ました。今回の侵攻をめぐっては「米欧がウクライナを使ってロシアを追い詰めた」といった論調がありますが、これはウクライナの主体性を過小評価している点で、プーチンの誤算に通じるものと評さねばならない。米欧に操られるまでもなく、ウクライナは親米・親EU、つまり反ロシアの姿勢を見せてきたのです。もっとも、それが国を不安定にしている恐れが強いのですが。

ロシアナショナリズムをなめていたアメリカ

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命──九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『大人の道徳 西洋近代思想を問い直す』(東洋経済新報社、2018年)、共編に『反「大学改革」論──若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

古川:私は今回の戦争では、ナショナリズムと帝国主義とが二重に絡み合っているように思います。たしかに現状としては、ウクライナを併合しようとするロシアの帝国主義的なナショナリズムに対して、国家の独立を目指すウクライナのナショナリズムが抵抗している、という図式でみてよいでしょう。しかし、もとをたどれば、むしろアメリカの対ウクライナ政策におけるリベラル帝国主義が、ロシアのナショナリズムを刺激して戦争を引き起こした、という側面もあるわけですよね。

中野:プーチンがウクライナナショナリズムをなめていたように、アメリカもロシアナショナリズムをなめていたということですね。

プーチンが戦争に踏み切った一因は、NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大にあると言われています。アメリカは冷戦が終結したあと、リベラルな国際秩序をつくろうということで、どんどんNATOを拡大していきました。これに対して、かの有名なジョージ・ケナンは、当時すでに90歳を超えていましたが、「そんなことをやれば必ずロシアの反発を招く」と強く反対していました。

おそらくアメリカは、NATOを拡大しても、まさかロシアが戦争を仕掛けてくるとは思っていなかったのでしょう。ロシアのナショナリズムが理解できていないから、そういうことになるわけです。

:フランスのエマニュエル・トッドもNATOの東方拡大がロシアを刺激し、戦前の日本が国際社会から追い詰められた結果として真珠湾攻撃に踏み切ったように、ウクライナ戦争の引き金になったという見方をしていますね。

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