プーチンが覚醒させた世界各国のナショナリズム ウクライナで「民族浄化」が起こる危険性も

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古川:先日、「論壇チャンネル『ことのは』」で同志社大学の立石洋子先生が解説してくださっていましたが、現在のウクライナナショナリズムは、とくに親米政権の時期に、かなり人為的につくり出されたもののようですね。

たとえば「国家記憶研究所」なるものを設立して、民族独立の英雄を祭り上げるような国家的記憶を人為的につくり出し、それを歴史教育などを通じて国民に植えつける政策をとったりしたそうです。そこでソ連やロシアに対して敵対的な歴史観を描いたことが、ロシアの反感を買ったという側面もあるようです。

中野:まるで、ウクライナは、ナショナリズム研究者として著名なベネディクト・アンダーソンのナショナリズム論を読んで、それに基づいてナショナリズムをつくっていったかのようですね。

EUはナショナリズムを抑えられるか

中野:プーチン政権が弱体化すれば、もちろんロシア国内も大変な混乱に陥ると思います。ロシアは昔から強力な皇帝がいなければまとまらないような国です。プーチンが失脚すればロシアが自由民主的な平和国家になるわけではありません。それはフセインがいなくなったあとのイラクを見れば明らかです。プーチンがいるロシアは地獄かもしれませんが、プーチンがいなくなればロシアはもっと地獄になるというのが実際のところでしょう。

また、ロシアが弱体化し、それまで介入していた地域から手を引けば、力の真空状態が生じ、紛争が起こる可能性が高まります。まずシリアが混乱するのではないでしょうか。それから西アジアや中央アジアも混乱するかもしれません。

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家・作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。1990年代以来、多角的な視点に基づく独自の評論活動を展開。『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)をはじめ、著書・訳書多数。さらに2019 年より、経営科学出版でオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻を経て、現在『2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻が制作されている。オンライン読書会もシリーズで開催(写真・佐藤健志)

佐藤:「自然は真空を嫌う」は不変の真理です。その意味でソ連崩壊後、米欧が東方への勢力拡大に動いたのは必然。ついでにプーチンは2011年以来、「ユーラシア連合」という独自の地域覇権秩序構想を提唱、2015年には「ユーラシア経済連合」を発足させました。当然、ウクライナもこの連合に加入させるつもりだったのです。

アメリカやEUが余計なまねをしなければ、ロシアもウクライナを放っておいたとは信じがたい。否、もっと早く「西方進出」に動いたのではないか。先ほどアフガニスタンからのアメリカ軍撤退の話が出ましたが、私はあれこそ今回の事態の引き金だったと思います。カブール陥落を見てプーチンは「侵攻してもアメリカは動かない」と踏んだに違いない。ウクライナのNATO加盟を最初に提案したアメリカ大統領は、じつは共和党のブッシュ(2008年)ですが、世界各地の問題に関わっても地獄、手を引いても地獄が真実でしょう。

:ロシアが入国禁止にした日本人の中に、ロシアに詳しい政治学者の袴田茂樹さんがいました。袴田さんはロシア社会には信頼が欠けているため欧米型の自由民主主義や市場経済になじまないと言っています。冷戦が崩壊したあと、ロシアは西側のような国をつくろうとしたけども、うまくいかなかった。たとえば契約1つとっても、ロシアは契約という観念が希薄だったので、マフィア的勢力が契約を保証しなければうまく機能しなかった。

だから、欧米や日本からすると、プーチンのような政治家は国民を弾圧しているように見えるけども、実はロシアでは人気が高いわけです。ロシアでは強い政治家がある程度強引に秩序をつくらなければ、国民生活が回らないのです。

中野:もう1つ指摘すると、ロシアが弱体化したあと、EU(ヨーロッパ連合)も混乱すると思います。EUはついこの前まで、ブレグジットをはじめEUから分離する動きが見られました。いまはロシアという共通の敵を前にして団結していますが、ロシアの脅威が後退したり、あるいはウクライナ戦争が長引いてEUが疲弊して結束が弱まったりすれば、再び遠心力が働くでしょう。先日大統領選挙が行われたフランスも、現職のマクロン大統領が勝利したとはいえ結構危なかったですからね。

これもナショナリズムの問題です。EUが加盟国のナショナリズムを抑えられなくなっているのです。今後もしウクライナがEUに加入することになったとしても、今回、ロシア侵攻で高まったウクライナのナショナリズムがEUに対して反発を持つようになるかもしれません。

そういう意味では、プーチンの始めた戦争はプーチンが思っている以上に世界に影響を与えたと言えます。後世、プーチンは世界各国のナショナリズムを刺激した人物として歴史に名を刻むことになるでしょう。

(構成:中村友哉)

(後編へ続く)

「令和の新教養」研究会
「れいわのしんきょうよう」けんきゅうかい

この複雑で不安定な世界を正しく理解するためには、状況を多面的に観察し、幅広く議論し、そして通俗観念を批判することで、確かな思想を鍛え上げなければなりません。内外で議論の最先端となっている書籍や論文を基点として、これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論する研究会です。コアメンバーは中野剛志(評論家)、佐藤健志(評論家、作家)、施光恒(九州大学大学院教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校准教授)の各氏。

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