古川:先日、「論壇チャンネル『ことのは』」で同志社大学の立石洋子先生が解説してくださっていましたが、現在のウクライナナショナリズムは、とくに親米政権の時期に、かなり人為的につくり出されたもののようですね。
たとえば「国家記憶研究所」なるものを設立して、民族独立の英雄を祭り上げるような国家的記憶を人為的につくり出し、それを歴史教育などを通じて国民に植えつける政策をとったりしたそうです。そこでソ連やロシアに対して敵対的な歴史観を描いたことが、ロシアの反感を買ったという側面もあるようです。
中野:まるで、ウクライナは、ナショナリズム研究者として著名なベネディクト・アンダーソンのナショナリズム論を読んで、それに基づいてナショナリズムをつくっていったかのようですね。
EUはナショナリズムを抑えられるか
中野:プーチン政権が弱体化すれば、もちろんロシア国内も大変な混乱に陥ると思います。ロシアは昔から強力な皇帝がいなければまとまらないような国です。プーチンが失脚すればロシアが自由民主的な平和国家になるわけではありません。それはフセインがいなくなったあとのイラクを見れば明らかです。プーチンがいるロシアは地獄かもしれませんが、プーチンがいなくなればロシアはもっと地獄になるというのが実際のところでしょう。
また、ロシアが弱体化し、それまで介入していた地域から手を引けば、力の真空状態が生じ、紛争が起こる可能性が高まります。まずシリアが混乱するのではないでしょうか。それから西アジアや中央アジアも混乱するかもしれません。
佐藤:「自然は真空を嫌う」は不変の真理です。その意味でソ連崩壊後、米欧が東方への勢力拡大に動いたのは必然。ついでにプーチンは2011年以来、「ユーラシア連合」という独自の地域覇権秩序構想を提唱、2015年には「ユーラシア経済連合」を発足させました。当然、ウクライナもこの連合に加入させるつもりだったのです。
アメリカやEUが余計なまねをしなければ、ロシアもウクライナを放っておいたとは信じがたい。否、もっと早く「西方進出」に動いたのではないか。先ほどアフガニスタンからのアメリカ軍撤退の話が出ましたが、私はあれこそ今回の事態の引き金だったと思います。カブール陥落を見てプーチンは「侵攻してもアメリカは動かない」と踏んだに違いない。ウクライナのNATO加盟を最初に提案したアメリカ大統領は、じつは共和党のブッシュ(2008年)ですが、世界各地の問題に関わっても地獄、手を引いても地獄が真実でしょう。
施:ロシアが入国禁止にした日本人の中に、ロシアに詳しい政治学者の袴田茂樹さんがいました。袴田さんはロシア社会には信頼が欠けているため欧米型の自由民主主義や市場経済になじまないと言っています。冷戦が崩壊したあと、ロシアは西側のような国をつくろうとしたけども、うまくいかなかった。たとえば契約1つとっても、ロシアは契約という観念が希薄だったので、マフィア的勢力が契約を保証しなければうまく機能しなかった。
だから、欧米や日本からすると、プーチンのような政治家は国民を弾圧しているように見えるけども、実はロシアでは人気が高いわけです。ロシアでは強い政治家がある程度強引に秩序をつくらなければ、国民生活が回らないのです。
中野:もう1つ指摘すると、ロシアが弱体化したあと、EU(ヨーロッパ連合)も混乱すると思います。EUはついこの前まで、ブレグジットをはじめEUから分離する動きが見られました。いまはロシアという共通の敵を前にして団結していますが、ロシアの脅威が後退したり、あるいはウクライナ戦争が長引いてEUが疲弊して結束が弱まったりすれば、再び遠心力が働くでしょう。先日大統領選挙が行われたフランスも、現職のマクロン大統領が勝利したとはいえ結構危なかったですからね。
これもナショナリズムの問題です。EUが加盟国のナショナリズムを抑えられなくなっているのです。今後もしウクライナがEUに加入することになったとしても、今回、ロシア侵攻で高まったウクライナのナショナリズムがEUに対して反発を持つようになるかもしれません。
そういう意味では、プーチンの始めた戦争はプーチンが思っている以上に世界に影響を与えたと言えます。後世、プーチンは世界各国のナショナリズムを刺激した人物として歴史に名を刻むことになるでしょう。
(構成:中村友哉)
(後編へ続く)
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