プーチンが覚醒させた世界各国のナショナリズム ウクライナで「民族浄化」が起こる危険性も

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中野:ナショナリズムがテーマになりましたが、施さんはどうですか。

施 光恒(せ てるひさ)/政治学者、九州大学大学院比較社会文化研究院教授。1971年福岡県生まれ。英国シェフィールド大学大学院政治学研究科哲学修士(M.Phil)課程修了。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。著書に『リベラリズムの再生』(慶應義塾大学出版会)、『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 (集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)など(写真:施 光恒)

:私は2月24日にロシアがウクライナに侵攻するまで、多くの人たちと同じように、おそらく戦争は起きないだろうと見ていました。しかし、大方の予想に反し、戦争が始まってしまいました。戦争は始まるときには始まるんだなというのが、今回の戦争について最初に抱いた感想です。

ナショナリズムに関して言えば、古川さんのご意見に私も同意します。いまアメリカやヨーロッパはロシアを強く非難し、軍隊は送っていませんが、武器の供与や後方支援、ロシアに対する経済制裁を行っています。これはウクライナの人たちが命懸けで戦う姿を見せたからだ思います。もともと西側諸国の中にはウクライナに武器を送ることさえ躊躇していた国もありましたが、ウクライナの人々の姿を見て、彼らを見殺しにすることができなくなったのです。ウクライナのナショナリズムが国際社会を動かしたということです。

ウクライナナショナリズムを過小評価したプーチン

中野:今回の戦争で意外だったのは、ロシアが各所でウクライナに押し負けていることです。2014年のクリミア併合の際には、ロシアが「ハイブリッド戦争」を仕掛け、あっという間にクリミアを占領してしまいました。ハイブリッド戦争とは、正規軍だけでなく、非正規軍も含めてさまざまな手法を複合的に用いる戦争のことです。

これに対して、いま行われているのはまるで古典的な戦争で、兵士たちが塹壕を掘る様子も報じられています。第1次世界大戦当時のような戦い方です。そのオーソドックスな戦争でロシアは劣勢に立たされています。むしろウクライナ側のほうがハイブリッド戦を駆使し、非常にうまく戦っているようにもみえる。

これにはさまざまな要因があると思いますが、プーチンがウクライナをなめてかかったことが大きいと思います。言い換えれば、プーチンはウクライナのナショナリズムを過小評価していたということです。ゼレンスキー大統領はちょっと脅されれば国外に逃亡するだろうと見ていて、あそこまでやるとは思っていなかったのでしょう。

この点について、佐藤さんはどう見ていますか。

佐藤:クリミア侵攻が迅速な成功を収めたのには、2つ理由があります。まずウクライナで政変が起きたばかりで、政府がロクに機能していなかったこと。次にクリミアはもともとロシア系住民の比率が高く、親ロシア感情が強かったこと。

1954年まで、クリミアはロシアの一部でした。ソ連崩壊直後の1992年にはいったん独立を宣言していますし、それが認められなかった後も「自治共和国」の地位を得ている。2014年の侵攻に際しても、現地で投降したウクライナ軍人の多くは、ロシア軍での勤務を希望しているのです。

1990年代、ソ連に属していた国が次々に独立したため、数千万のロシア人が他国に取り残される形になりました。ロシアに関連した紛争に際し、「親ロシア派」と呼ばれる人々が現れるのもこのためです。そしてロシアは、このような同胞の権利も守ると宣言している。

つまりプーチンも、ナショナリズムに基づいて行動している側面があります。ついでにウクライナは過去20年近くにわたり、NATO加盟による欧州統合を謳ってきました。「ウクライナのナショナリズム」と言うものの、それは国内にいる親ロシア派の人々の意思を抑圧したうえ、米欧の覇権戦略とつながることで成立しているのです。ロシアに徹底抗戦する姿勢には感服しますが、ウクライナが一枚岩の愛国心でまとまっているかのごとく見なすのは間違いです。

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