「戦争の正義」から考える近代西洋的価値観の限界 「次なる100年」は「資本」から「芸術」が中心へ

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近代の価値観や枠組みの限界が表層化されつつある昨今、我々はどのような価値観をもち、どのような社会を築くべきなのか(写真:Polonio Video/PIXTA)
ロシアによるウクライナ侵攻は、近代の価値観や枠組みの限界を象徴する出来事と言える。次なる100年において、我々はどのような価値観をもち、どのような社会を築くべきなのか。
元朝日新聞社長で政治哲学や文明論に詳しい木村伊量氏と、近著『次なる100年』で21世紀の文明の在り方を論じた水野和夫氏が縦横に語り合う。

近代西洋と「戦争の正義」

木村:今回のロシアによるウクライナ侵攻の大義として、プーチン氏は「ロシア系住民の多い東部2州における平和維持」や「ウクライナ国内のネオナチ化阻止」を掲げていますが、やはり根本には、ロシアの伝統ともいえる「防衛的拡張」があると思われます。つまり、自国の外側に緩衝地帯というか、自国の影響下にある地域を持つ。そうしないと、自国の安全が脅かされるという極めて古典的な発想です。

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彼の目には、冷戦終結後、NATOがじわじわと東方に拡大していまや加盟30カ国にのぼり、ロシアの安全保障が危機にさらされる恐怖感。言ってみれば大阪城の外堀が埋められていく淀君や秀頼のような焦りがあったのかもしれません。

イラク戦争時のアメリカも、イラクの大量破壊兵器が中東の平和を脅かし、ひいてはアメリカの安全にとって脅威となるからという「正義の御旗」を掲げ、イラクに侵攻した。結局、大量破壊兵器など出てこなかったわけですが、一方的な正義を掲げてイラクに武力侵攻したアメリカや英国と、今回のプーチン氏の軍事侵攻と何が違うのか。そこは冷静に考察しなければなりません。

水野:戦争の正義というのは、アレキサンダー大王以来、長く論争が続いている問題です。アレキサンダー大王の前に連れ出された盗賊が、「海を荒らすのはどういうつもりか」と大王に問い詰められたところ、「陛下が全世界を荒らすのと同じです。ただ、私は小さい舟でするので盗賊とよばれ、陛下は大艦隊でなさるので、皇帝と呼ばれるだけです」と臆することなく答えたという逸話があります。これはアウグスティヌスが『神の国』(413~426年)で、「正義がなければ、王国も盗賊団と異なることはない」と述べた箇所に紹介されています。

木村:おもしろい。本質を突いていますね。

水野:その盗賊が続けて何と言ったかというと、「あなたたちはなんでも持っている。食べ物も土地も十分にあるではないですか。これ以上集めて何をしたいのですか」と。それに対してアレキサンダー大王は答えられないわけです。

時代が下がって、中世の神学者アウグスティヌスは「国家と盗賊の違いとは、正義があるか、ないかだ」と言っています。そして、何が正義かというと、「それは、みんなのためになるか否か」だと。また、常に国家に正義があるわけではない、とも言っています。

現在、プーチンが行っていることは、ほとんどロシアの国民のためになっていません。厳しい経済制裁をかけられて、国外から物が入ってこなくなるなど、国民生活にとっては明らかにマイナスが大きい。アウグスティヌスの定義で言えば、プーチンは「正義のない戦い」をしていることになります。

木村:プーチン氏の正義は、「生存圏拡大」という伝統的な近代ヨーロッパ世界ではある程度許容されてきたものだったかもしれませんが、自らの権益獲得のための力の行使という帝国主義的な発想は、21世紀の現代においては到底許されるものではありませんね。

プーチン氏の非道と蛮行に弁護できるところは一点もありません。軍事力展開も当初の想定とはかなり違うようだし、兵力や物資補給も恒常的に不足して北方領土から回すほど。なお、頑強なウクライナの抵抗に手を焼いている。「殿、ご乱心!」と言うしかないですね。

見落とせないのはプーチン氏がお題目にしているのが、ドンバス地方など東部ウクライナ2州で暮らす「ロシア系住民の保護」ということです。そのことに侵攻の正当性があるとして、彼は戦争と言わずに、なお特別軍事作戦と呼ぶ。これは日中戦争勃発の10年前、1927年(昭和2年)に、田中義一内閣が「在留邦人保護」を名目に、第2次山東出兵を断行して10万人にのぼる兵力を送り込んだことを想起させます。

最近は集団的自衛権が論争の対象になることが多いのですが、戦前の日本やナチスドイツが自国の居留民保護という個別的自衛権を無制限に拡大解釈して、侵攻を広げていった事実を見逃すべきではないと思います。私たちは、個別的自衛権の呪縛からなお逃れていないのです。

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