「戦争の正義」から考える近代西洋的価値観の限界 「次なる100年」は「資本」から「芸術」が中心へ

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1939年のノモンハン事件でも、1944年の台湾沖航空戦でも日本が大敗した事実は隠蔽されましたが、いまや事実は隠蔽されるだけでなく捏造され、SNSで拡散される。現在のプーチン政権も、攻撃を加えているのはウクライナの「悪党ども」に対してのみだ、民間人を殺してはいない、とロシア国民の多くに信じ込ませるために、ありとあらゆる情報操作を駆使しているのです。

アダム・スミスの「共感」

水野:いま木村さんがご指摘されたテレビゲーム感覚というのは、今回のウクライナ侵攻においてもまったく同様だと思います。SNSなど情報技術が発達したことでリアルな映像が次々と届くようになりましたが、そのことが逆に、アダム・スミスが言う「共感」を失くしてしまったと言えます。

夕飯を食べながらテレビを観ていて、その画面の中で爆弾が飛んできて、街が破壊される映像が流れる。これでは共感は生まれにくい。ドン・キホーテが批判しているように、こちらは安全で火の粉が飛んでこない場所にいて評論していても、共感は起こらないわけです。

ですから、CNNやBBCなど主要メディアのジャーナリストが、戦場に行って命がけでレポートしないといけませんね。ジャーナリストがもっと肌身でもって悲惨さを伝えることで「共感」が生まれ、人びとはもっと自分の問題として考えるようになると思いますね。

それは戦争だけではなくて、経済活動でも同じです。アダム・スミスの共感というのは、例えば、自分がやったらこんなに大変なのに、あの人がこういう仕事をやってくれるのでありがとうという、それが共感ですね。

木村:そういうことです。お互いがシェアできるということですね。

水野:ええ。ですから、今回のコロナ禍にあって、世界のビリオネアたちのほとんどは、自宅の安全な場所で仕事をしているわけですけれども、たとえば、医療従事者やゴミ収集の仕事をしてくれる人たちが危険を冒して仕事をしていることをどう思っているのか。

水野和夫(みずの かずお)/法政大学教授。1953年、愛知県生まれ。法政大学法学部教授(現代日本経済論)。博士(経済学)。早稲田大学政治経済学部卒業。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。著書に『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(日本経済新聞出版社)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)、『次なる100年』(東洋経済新報社)など多数(撮影:尾形文繫)

彼らに共感があるならば、たとえば、コロナのために財産の一部を寄付するなどしてもよいはずです。彼らの資産合計は13兆ドルにもなりますから、半分でも6.5兆ドルも寄付ができるわけです。日本円でおよそ700兆円の基金をつくって、コロナとウクライナの両方でいいと思いますが、ウクライナ基金とコロナ基金をつくりましょうと。

世界のトップ10の大富豪は、1日1万ドル(約130万円)使っても、すべて使い切るのに414年かかるそうです。フランスの文学者ラ・フォンテーヌが言っていますが、「それは泥棒に盗られても、しょうがないよ」と。現代においては、泥棒ではなく、国家が寄付してくださいと呼びかければいいと思うんですけども。

木村:そうですね、いまだからこそ、アダム・スミスの「共感」を考える意味は大きいと思いますね。彼はいわゆる仁愛より正義が大切だと言っていて、正義がなければ社会は解体していくとも論じています。その正義を支えるものはフェアの精神であり、「公平で事情に精通した観察者」によるお互いの共感という問題がなければ社会は解体していってしまうわけですね。正義があることによって初めて、功利、いわゆるユーティリティの理念は実現していくのだと。

ですから、徳を高めるという問題への道と、それから富を成す道というのは必ず一致していなければならないということです。「暴走するグローバリゼーション」のことを考えても、ウクライナの危機を見ても、もう一度、アダム・スミスのいう「共感」の意味を考えることが、未来をどう構築していくかに対する手がかりを与えてくれるような気がします。

水野:その通りですね。古典と言われているものは、多くの人が共感するから100年も1000年も残っている。現代の政治家や財界のリーダーたちはそういう古典の素養を持っているのでしょうか。アダム・スミスの『道徳感情論』を読んでいるのでしょうか。

木村:読んでいる人はあんまりいないと思いますね。

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