30歳がんで逝った男が遺した闘病2年半の生き様 棋士目指し最後まで勝負師だった天野貴元のブログ

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本連載『ネットで故人の声を聴け』が書籍化され、光文社新書より刊行されています。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

将棋大会に出られなくなる。それこそが天野さんにとっての絶望だった。医師に相談すると、医療用麻薬を処方してもらえることになった。肺炎になると思考が回らなくなるのでお手上げだが、痛みはこれで対処できる。秘策が奏功して、7月には「七夕将棋名人戦」で優勝できた。決勝戦で使ったのは嬉野流だ。

大会に向けて体調を整え、どうにか出場できた場合もその後は寝たきりに近い状態になる。そんな日々を続けたのは、それが天野さんの最善手だったからだ。

<将棋の良いところは、体がどんどんボロボロになっていっても脳さえしっかりしていれば半永久的に指せる事。色々揃えれば、本当に死ぬ直前まで出来ると思います。
最近腎臓近辺にガンが再発した関係か、痛くなってきて腰痛がひどいです。だけどそれでも指せる将棋っていうゲームは、ある意味凄い。>
(Twitter/2015年8月8日)

「今後はしっかり治して戦場に向かいます!」

選べる手は次第に減っていき、お盆を過ぎた頃に緩和ケアを受けるようになる。この時期、お別れに近い言葉を残している。

<退院予定も未定で、正直絶望的としか言いようがありません。
ですが、ここまで生きて来られたのは多くの方に支えて頂いたおかげだという事は明らかで、ここに感謝の意を表します。
今は自力で歩くのがギリギリできるくらい。ですが、最後までしっかり生きたいと思います。>
(あまノート/2015年8月19日「支えてくれた全ての方に感謝」)

危篤から回復すると、8月末に退院して再び将棋大会に出場する生活に戻る。体重は健康な頃より30kg落ち、戻そうにも食事もままならない。9月下旬には極限の状態で東京アマチュア将棋連盟の社団戦に参戦し、10月に入ると全国アマチュア王将位大会の広島予選会場に出向きもした。

あまノートは9月24日の社団戦レポートで止まっているが、SNSには10月以降も投稿されている。

<おかげさまで、気が付いたら10月5日で30歳の大台に乗りました。
今後の目標は、来月の赤旗名人戦での連覇です。アマ王将はいまのところパスするつもりで、埼玉予選では軽くフリーズしてしまったりして本当に申し訳ありませんでした。今後はしっかり治して戦場に向かいます!>
(Facebook/2015年10月17日 17時37分)
<やっとちゃんと意識が戻ってSNSが出来るようになった。闘病は本当に大変です。>
(Twitter/2015年10月17日 17時40分)
Facebookの最後の投稿。亡くなった後に追悼アカウントとなった(筆者撮影)

終わりを意識した8月の投稿とは異なり、今後を見据えた投稿が天野さんの最後の「声」となった。2015年10月27日、30歳で息を引き取る。

それから6年半が経ったが、天野さんのブログやSNSは当時のまま残っている。忘れられたくないという天野さんの思いを両親が大切にしているためだ。恩師の言葉どおり人生を粘り強く生きた勝負師の足跡は、今も風化していない。

古田 雄介 フリーランスライター

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ふるた ゆうすけ / Yusuke Furuta

1977年生まれ。名古屋工業大学卒業後、建設会社と葬儀会社を経て2002年から雑誌記者に転職。2010年からデジタル遺品や故人のサイトの追跡している。著書に『第2版 デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(伊勢田篤史との共著/日本加除出版)、『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)、『故人サイト』(社会評論社)など。
X:https://x.com/yskfuruta
 

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